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CAST:アスラン・ピオニー
アスラン、ピオニー殿下に絆される の巻

お気に召すまま

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 正直、困った……というよりは、困惑していた。
 皇位継承候補者として正式にグランコクマ宮殿に迎え入れられたピオニー殿下は、どうやら、巣作りがお好きな方らしい。熟練のメイドが手掛けた一分の隙もない室を、ものの半時で……何と表現したものか、そう、人の気配が濃厚に漂う状態に戻してしまう。それでいて、元の木阿弥という言葉を噛み締めているであろうメイドたちが、脱力しつつも苦笑する程度で済んでいるのは、華やかで気さくな殿下の容姿と人柄によるものだろうか。
 幾分戸惑いながらも、その一方で。別に片付け下手なくらい、どうということもないとも思う。高貴な身分の方々が嗜む奇癖の数々を思えば、ささやかなものではないか、と。
 ……実害さえ、なければ。


「殿下。この室ですが」
 言い回しを考え倦ねた末、真正面からそう切り出せば、殿下は器用に肩を竦めた。
「お前も片付けろと言うのか、アスラン」
「殿下のお手を煩わせるまでもありません」
 片付けろと。この方にそう言うのは殿下の幼馴染みだろうか。それでも改めていただけないのであれば、自分如きが何を申し上げても無駄のような気もするが。これも仕事と、笑顔を作る。
「ただ、極端に散らかさぬよう、お気に留めていただければ」
 堆く積まれ、その結果として地滑りを起こしたという風情の本の山。適当に折り畳まれた敷布。用途は判らぬものの、床に転がして使うものではないと思われる音機関。散らかっていない、とは言えない。しかし、一般的な見地に立てば、『問題』と言うほど酷くはないと思う。但し、ここが優美清雅を誇るグランコクマ宮殿の一室でなければの話だが。
「メイドたちには悪いと思うが。それ以外には、とりたてて誰にも迷惑は」
「掛けておりませんでしたね、今までは」
 笑顔を深くして、一枚の文書を示す。御璽の朱色も鮮やかな、その書類には、くっきり見事な足跡が。
「…………あー……っと」
 言い淀む様子に、この汚損はやはり此処で付着したものだったかと、零れかけた溜息を堪える。尤も、書類が回った経路をどう閲しても此処しか考えられず、それで自分にこのような苦言を呈する役が回ってきたのだが。
「書類の作成に携わった担当者は青褪めておりました。ですが、やってしまったことは仕方ありません」
 たかが足跡ひとつ。そう、武骨な軍人としては正直たかがと思う気持ちはある。しかし、ときには整った形式が必要だということもある。権威を重んじるお偉方には、内容よりも体裁に拘る者も少なくはなく、それなりの対応をせねばならない。そして、こういうことが起こったとき、皺寄せがいくのは対抗する権限を持たない下っ端なのだ。
「繰り返さないことが、肝要かと存じます」
 殿下には、判っていただきたい。そして判って下さる方だと思う。
「片付いた部屋は、落ち着かないんだが」
 殿下はどうしても駄目かと窺うように、少し情けない風情で眉を下げた。なんでもありのようでいて、その実、職務を全うしようとすればするほど、意外なほど自由の少ないお立場の方だ。個人的には、私室くらいお好きにさせて差し上げたいと、思わなくもないのだが。
 足元に落ちている……これは栞、だろうか。栞といっても房飾りが付いた金属製の細工物で、床に落ちていていい代物ではない。それを拾い上げ、駄目押しのような笑顔を作り、殿下に手渡す。
「迷惑を掛けないという志は尊いものだと思います」
「……善処、しよう……」


 退室すると、私室に続く控えの間では、見知った人物が低い声で会話していた。
「……ですから、これでは埒が明きません。危険でもある」
「仕方ありませんね。此方としても事を大きくするわけにもいきませんし」
「しかし、かといって」
「ええ、このままにするつもりはありません」
 ジェイド・カーティス、グレン・マクガヴァン。
 譜術士としても研究者としても稀代と讃えられる才能の持ち主と、マクガヴァン元帥の実子。若手の将校としては出世頭と目されている二方。そして現在、おそらく最も殿下の傍近くに在る、二方。
「お待たせ致しました」
 かつりと踵を合わせ、胸に手を当てて敬礼する。
 先客を憚り、しかし出直すことなく此処で待機していたということは、それなりに急ぐ用件なのだろう。そう判断して最低限の礼だけでこの場を立ち去ろうとすれば、答礼を返した二方は譲り合うように視線を交わし、結局死霊使い殿が口を開いた。
「どういう用件で此方にいらしたのか、お聞きしても?」
 一応、念の為。文面に視線を走らせ、軍関係者であれば閲覧しても問題ない内容だと再度確認してから殿下に示した書類を差し出せば、二方ともそれで大筋を理解して下さったらしい。「貧乏籤でしたな」との苦笑いに、よく似た微笑を返す。
「僭越ながら、今後はお気をつけ下さいということ、手始めとして……その、室の乱れを改めて下さいと。そのようなことを申し上げました」
「それは……それは」
「なんとも……」
 正面からの否定ではない、しかし確実に何か含みのある歯切れの悪い消極的な合いの手に、自然と眉が寄る。
「なにか、問題でも……?」
「いえいえ。そうではありません、が」
「……そう、ですな。まあ、矯正が利くならそれに越したことはないのでしょうが」
 外柔内剛、謹厳実直。軍人の型として印象の異なる二方は、片や何処か面白そうに、片や少し困ったようにと、面に現れる表情こそ違え、根底に共通認識が流れているような雰囲気がある。
「さて、何日持ちますか」
「……殿下は約束を違える方ではありません」
 二方に比べると、殿下に出会ってから日は浅い。付き合いの長さは、殊に……この赤眼の譜術士に比べるべくもない。しかし、殿下が「善処する」と言えば、それは逃げ口上の常套句ではなく、そのまま言葉通りの意味だと……少なくとも約定をはなから無視される方ではないと、それくらいのことは判る。
 負い目のような、嫉妬のような。そんな気持ちを自覚しながら堅い口調で切り返せば、殿下の幼馴染みは同情の色さえ漂わせながら微笑んだ。
「いえ。持つかどうかというのは、あなたが、ですよ」


 その言葉の意味を思い知るのは数日後のことだった。
 確かに殿下は約束通り、室内をメイドの手が入ったままの整然とした状態に保つよう心懸けて下さった。
 けれど、その代わり。
 就寝時、それもほんのひととき以外、自室に寄りつかなく……なった。


 それで何処にいらっしゃるのか、というと。たとえば資料室であったり、武器庫であったり、庭園であったり。人通りの数や空間としての大きさに一定の傾向は感じられるものの、ひとところに腰を落ち着けるという様子ではなかった。幼少期、屋敷から抜け出しては外をほつき歩いていたという話は噂として、そして殿下御自身からも直接お聞きした話だが、納得のいく挿話だと思う。そう、供も連れず、気侭に、フラフラと。まるで意識していないかのように……至極自然に護衛官も撒いてしまうものだから、一旦見失うと、いざ用件があるとき、少し困ったことになる。ここ2・3日、殿下の名を声を嗄らして呼ぶ声を幾度となく聞き、その理由……殿下が室にいらっしゃらないことを知ってからは、呼ばわる声をを聞く度、間違ったことを言ったわけではないと思いつつも、身の置き所のない申し訳なさを感じるようになった。


 そしてそのときもやはり『少し困ったこと』になっていた。


 お捜し申し上げていた殿下を見つけたのは、本当に偶然。
 思いも寄らなかった。若いとはいえ二十歳は過ぎている皇位継承権保持者が、樹上で寛いでいる、だなんて。
 その樹は程よく枝が張り出した広葉樹で、殿下の御姿は樹下でふと天を仰いだとき、緑葉の蔭に垣間見えた。ひょんなことから居場所を突き止めたものの、通り一遍に浚っただけでは見落としていただろう。
 その、殿下は。どうやら膝の上で本を開いているようだが、その頁を捲る様子がないところを見ると、ひょっとしたら眠っていらっしゃるのかもしれない。
 自分は、そこでまず判断を誤った。
 そもそも御出いただく用件があり、捜索していたのだ。眠っているにしろ、起きていただかなければ話にならない。御姿をお見かけした時点で声を掛けるべきだった。だというのに、つい、極力気配を消そうとしてしまった。様子を窺うために、手を伸ばせば届く位置にまで近寄ってしまった。
 木の枝に手を掛けて、覗き込もうとして。
 気が付けば、俯せの状態で下草の上に押し倒されていた。しかも腕は背後に取られ、両手首とも腰位置に……膝でのしかかるようにして固定されている。そのせいで、腕を動かすことは疎か、身を起こすこともままならない。
 今、何が起きた?
 何が起こっている?
 項のあたりにひいやりとした薄い金属の気配を感じながら、時間の概念が馬鹿になった頭で、刹那の出来事を反芻する。
 まず、そう、正確に顎を蹴られた。頭を揺さぶられ判断力が鈍ったところへ、今度は肩に衝撃。多分、本を投げつけられたのだと思う。そしてバランスを崩して落下……するか否かのところで、枝から飛び降りた殿下に腕を掴まれ。その流れのまま地に縫いつけられて、今に至る。なんて無駄なく、効率のいい。
 まさかという油断はあった。だが、この状況は軍人として情けない。このときは暢気にもそんなことを考えていた。……後々、実は生命の危険すらあったのだと思い至り、冷や汗をかくことになるのだが。
「……アスラン」
「はい」
 組み敷かれた状態で、抵抗しなかったのは(相手が殿下だと判りきっていたから、というのと、正直顎を蹴られた影響が抜けていなかったということもあるのだが)幸運だったとしか言いようがない。
 これが殿下の声かと腑が凍るほど無機的な己の名を背に受けとめて、数瞬。
「アスラン」
「はい」
「用件は」
「ゼーゼマン参謀総長が殿下をお捜しです。参謀総長は、行き違いにならぬよう殿下の私室でお待ちしております」
 殿下はひとつ長い息をつくと、
「アスラン」
 もう一度、確認するように名を呼んだ。その声にはいつもと違わぬ色と温度が戻っており、そのことに……我ながら驚くほど安堵する。
「……はい」
「俺に近付くときは、気配を消すな。なるべく一声掛けてくれ」
「次からは、そのように」
「ああ。起こさないように、とか、気を回さなくていいからな」
 疲れたような笑みを浮かべ。先程とは打って変わった緩慢な動作で拘束を解き、身を起こす。その左手には見覚えのある、房飾りの栞。刃物だと思ったものの正体は、これだったのか。本といい、この栞といい。手近にあるものを咄嗟に使うことが、巧すぎはしないか。
 半ば呆れながら感嘆し、一瞬の後、それは後天的に獲得した身を護る術だということに思い至る。グランコクマを逐われ、そして呼び戻され。言葉にすると端的だが、その行間を読めば、不遇の皇子の周囲が終始平穏だったとは考え難い。
「すまなかったな、蹴っちまって」
 そう言いながら伸ばされた手を反射的に取ってしまってから、ふと我に返る。
「も、申し訳ありません!」
 まるで熱いものに触れたかのように手を引けば、殿下はちょっと笑って更に手を伸ばし、手首を掴んで立ち上がらせて下さった。
「あとでちゃんと診て貰えな?」
 手入れの行き届いた形の良い指先が蹴られた跡を羽毛の軽さで辿る。
 お前の面に痕を残しちまったらお嬢さん方に恨まれるからなと明るい調子で軽口を叩くその貌を、呆然と……頭の何処かで不敬だと思いながらも、見つめた。
 陽光のような方だ。いつかこの方がこの国を照らすその光景を、叶うなら間近で見たい、微力を尽くしてお仕えしたい。そのように思う自分のような人間がいる一方で、それを何が何でも阻止したい一派も、厳然たる事実として存在する、のだ。
 急襲・奇襲、騙し討ちの類を前提とするなら、武装した状態……臨戦態勢で襲撃者を迎え撃てることなど皆無に等しい。
 徒手、或いは手近にあるものを使うしかないというのが現実だろう。
「殿下。殿下が室にいらっしゃらないのは」
「ああ……、別にお前に当てつけたつもりじゃねえんだ。だが、な」
 そう、ばつが悪そうに頭を掻く仕草を見て。先日から感じていた、正論がどこかで決定的に間違ったような、気持ちの悪い違和感の正体を覚る。
「では……落ち着かないと仰っていたのは、ただ何となくというわけではなかったのですね」
 室は、漫然と散らかしていたわけではなくて。
 確かに、この方なら。手近な物で充分応戦できると……身を以て知ったばかりだ。それに、もう一歩踏み込んで……本や敷布の陰に、刃物を潜ませておくことも。
 あの、雑駁な室の状態は。木の葉を隠すための……森。
「理由があるのでしたら、無理は申し上げませんでした」
 殿下の、側近二方の。曖昧な微笑が脳裡をよぎり、不明を恥じる。いつまで持つかというのは、自分がいつ気が付くか、ということだったのだ。
「そうは言うがな」
 殿下は疑いの眼差しを此方に向けながら、普段控えめな奴が、こめかみの青筋を糊塗しつつ、にっこり笑いながら諫言するのを前にして、それはちょっと勘弁とは言い難い、って、お前だって判ってやってるんだろうに云々と、ぶつぶつ呟く。それはそれとしても、やはり一言、仰って下されば良かったものを。
「文書などより御身の方が、余程……」
 歯痒さをそんな言葉で捩じ伏せようとすれば、それを読んだように殿下は表情を改めた。
「重ね重ねすまない。ただあまり事を大きくはしたくなくてな」
 事を大きく。
 つい最近、殿下のまわりで聞いたばかりの単語。
 殿下に約束を取り付けた、あのとき。室を出たところで会った二方のやりとりを思い出す。具体的なところは想像するしかないものの、つまり実際、何か不穏な出来事があったと、そういうことなのだろう。
 その上。先程、殿下は将校の軍服を視認されても、拘束の手を緩めることはなかった。あってはならないことだが、『成り済まし』が比較的容易な統一された兵や下士官の軍服ではなく、各々少しずつ型や色味の違う士官の軍服……殿下は、それすら無条件に信用することができない状況にあるのだと、遅蒔きながら理解する。
 事を大きくしたくない、というのは判る。現在、貴族院よりは軍に後ろ盾がある殿下としては、たとえ犯人が軍人を装っていたのだとしても、微妙な折り合いがものを言うこともあるだけに具合が悪い。相手がそれを見越しているなら尚更、誰彼構わず喋っていいことではない。
 殿下は、感情表現が豊かで情に厚い一方、とても冷静な方だ。
 そのなさりようは適切で正しいと、頭では判る。
 しかし。殿下の信頼を得られていなかったことが、どうしようもなく口惜しい。殿下の置かれている状況下では、どれほど近しい相手であっても最後の一線で警戒して当然、むしろそう在らねばならないと判った上での、身勝手な感情。……この手の浅ましい情動からは卒業したつもりでいたのだが、どうやらそうでもなかったらしい。
「それはそうと、ものは相談なんだが。どうやらお前にもばれちまったみたいだし、部屋、元に戻してもいいか?」
 己の思考に囚われていた一瞬。話の方向を見失い、呆気に取られた。
 次いで、腹の底から込み上げてくる笑いを懸命に押し殺す。
 この方は。どうして、こう。
 下に上に、いいように揺さぶられる己を自覚する。
 今の話の流れなら、有耶無耶になっても差し支えない……そんな口約束のひとつを律儀に尊重して下さる。それが譬えようもなく嬉しい。内心酷く落ち込んだその直後だというのに、だ。
「現状、手元に得物を置けないのは心許ない。かといって俺が常日頃から武装するわけにもいかない。この機会に試してみようと何日か宮殿内をふらついてみたが、それもちょっと問題みたいだしな」
 ジェイドの奴はまあともかく、グレンがなあ。ああいう真面目な奴が、言いたいことを堪えて飲み込んでいる様子はある意味可愛いんだが、俺に勘付かれねえように気を遣いながらこっそり胃を押さえている姿は流石に不憫でな。などと、少々あんまりなことを宣う。
 嫉妬の対象にこういう同情を覚えたのは初めてだなあと、つい気の抜けた吐息をつけば、
「いや、お前の言ったことは尤もだ、確かにあの足跡は拙かったと思ってる。今後は、まあ、全くとは言い切れねえが、極力気をつけよう」
 と、慌てたように補足する。本当に虚より実を取る方だ。
 その、殿下に。判っていただきたいなどと思ったのは、不遜だった。
 大局を俯瞰する眼を持つこの方の行動には、何かしらの意味がある。それを斟酌することもできず、此方から求めるばかりというのは、あまりに小児病的ではないか。
 理解も信頼も、一方通行では成り立たない。殿下の隔意や己の不甲斐なさを嘆く前に、まずは自分から、殿下の為されることを信じるように、努めよう。そして、いずれは。
「殿下の」
 信に足る己となるべく、決意と誓いを込めて。
 降参を示す微笑と共に、頭を垂れる。
「お気に召すまま」

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【あとがき】
うーんうーん。なんだか着地点を間違えたような……。でももう、どこをどう直せばいいのか判らなくなっているのでひとまずアップしてしまいます。
取り敢えずアスラン好きの方には平謝りの方向で。
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