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■CAST:ガイ・ピオニー
■ピオニー、ガイにものや思うと問う の巻
※軽く女性向け・御注意下さい
■ピオニー、ガイにものや思うと問う の巻
※軽く女性向け・御注意下さい
ものや思うと
----------
■■■【side:Gaillardia】■■■
それは、時折、思い出したかのように強い風が吹く日のことで。
今日も今日とて、ブウサギを連れて庭を歩く。
突風は偶に吹けども上天気。散歩のペース配分にも慣れて、リード捌きもなかなかなものだ。……などと、なんとなくひとり悦に入った矢先、ブウサギたちは一斉に、コースを変えて突進したりするから侮れない。なんだなんだと思う間もなく、情けなくも引き摺られて行けば、植え込みの陰から暴走の原因がひょっこり手を挙げた。
「よ、ガイラルディア」
ブウサギたちは正直だ。ただ真っ直ぐに己の主を慕い、脇目も振らないだけに誰が主であるか見誤ることもない。躊躇も二心もないそのひたむきな有り様は、まま、羨ましくもあるのだが。
「……なに、やってるんですか」
「いや、まあ、ちょっと、その、な」
いつもなら皇帝としての体裁なんざお構いなしで、屈み込んで撫でたり抱き上げたり。そんな人が、今は足元にブウサギたちを纏わり付かせたままだということに、おやと首を傾げる。そしてその拍子に、この人が微動だにしない原因を背後の枝葉に見つけた。
「お前がこっちに来るのが見えたから、驚かせてやろうと思ってな」
一体あなたはお幾つですかと、喉元まで出かかった言葉は飲み込む。まあ、この人の場合、歳はあまり関係ないか。思えばこの方が「じーさん」と親しみを込めて呼ぶ老マクガヴァンも、眉の下の眼光は鋭いものの、茶目っ気と愛嬌に溢れた方だ。
陛下のこういう遊び心には、困ったもんだと嘯いたりもするが、実際は言葉ほど困っていない。なんだかんだで線引きが巧く、この手の他愛ない遊びで許容範囲をそれほど大きく逸脱することはない人だ。そんな人のちょっとした悪戯は、気を許されているようでなんとなく嬉しく、不謹慎ながら次は何を仕出かすかと実はこっそり楽しみにしていたりする。……多少のとばっちりは、覚悟の上で。
「で、茂みに身を隠そうとしたところで、枝に髪が絡まって難儀していらっしゃる、と」
「髪を切るなり枝を折るなりしても良かったんだが。どうせお前が通りかかるなら解いて貰おうかと」
頼む、と。全く悪びれない調子に肩を竦めつつも、枝の様子を窺えば、どうしたらこれほどと首を捻るほどしっかり絡まっている。
駄目だ、これは片手間では解せない。
そう判断して、ブウサギのリードを陛下の手に預け、手袋を外す。
「……失礼しますよ」
一声掛けて、髪に触れ、
(うわ……っ)
思わず感嘆する。なんだこの手触り。
柔らかくて、なめらかで。けれど絹とも天鵞絨とも違い……そう、光をそのまま繊維にして触れたら、こんな感じなのかもしれない。しっとりと濡れているようにも見える艶やかな髪を、綺麗だと、そうは思っていたけれど。これはなんとも、まあ。
しかし惚けてばかりもいられないと、我知らず止まっていた手を叱咤して解しにかかる。一見縺れているように見えたが、枝を押さえ、軽く髪を引き抜くだけでするすると解けた。風の気紛れが手助けしたにせよ、この髪を搦め取るなんざ……この小枝、えらくいい趣味と根性だ。枝の先から離れた髪は、その弾力を示すようにふわりと広がり、燦爛と煌めきながら陛下の背に散る。
本当に、光そのもののようだ。
どうしようもない好奇心に負けて、こっそり髪に指を絡めてみれば。当然、透けたり掴めなかったりということもなく、それなりの質量は感じられた。けれど手中のその髪は、指先の力を抜くやいなや、しなやかに跳ねて舞い……思わず手を握りしめたが間に合わず、瞬く間にすべて掌から零れ落ちた。
それだけの、ただそれだけのことが。何か……あまり愉快ではないことを暗示しているように思えて、息が詰まる。指を擦り抜ける光。焦燥を伴う後悔。一筋たりともこの手に留めることは出来なくて。
拳に力を込める。爪の跡が掌に残るほど強く、強く。
なんだろう、この背筋を這い上る怖気のような不安。
それに胸が。胸が酷く痛い。
「ガイラルディア?」
「あ、ああ、はい。あともう一房」
指先の幽かな震えを握り潰し、縺れた髪をすべて解いた、その時。一陣の風が吹き上げて陛下の髪と茂みを揺らした。また絡んではいけないと、咄嗟に腕を伸ばして陛下の背と枝の間に割って入る。風に薫る、沈香のような……くらくらするほど強い花の香。その風と香りと遊ぶ光の糸が、頬を掠め、肩を抱いた手の甲の上で踊る。
戯れる風。けれど、周囲は不思議な静けさに包まれていて。
まるで、時が止まったような。
そのなかで、この手に掴みきれなかった大切なものを想う。
幼く、力不足で。取り零した、さまざまなもの。
けれど、今。腕の中に捕らえた光。失いたくない。手放したくない。
ああそうか、止まったような、ではなく。時を止めてしまいたい、だ。
このままこの髪に額を埋めて、そして……。
もういいぞありがとな。そんな言葉と、ぽんぽんと腕を叩かれる感覚に、びくりと我に返る。
「す、すみません!」
ぱっと腕を解いて後退る。い、今俺、何を。
「すまないな、は、俺の台詞だと思うんだが」
笑みを含んだ声音に体温が上がる。此方を見上げるブウサギたちの視線に縋る。そう、そうだ。ブウサギに囲まれている今、何をやっても絵面は喜劇……って、何をやってもって何だ俺。
と。不意に伸びた陛下の指が俺の顎を捉え、俯いた顔を上げさせられる。真正面から向き合わざるを得ない、風に乱れた名残の金糸、そこから覗く至高の青。その輝きと、軽く添えられただけで拘束力を欠片も持たない指に囚われ、息もできない。もしかして気付かれたのか。ほんの一瞬、けれど偶然やものの弾みではなく、明確な意志をもって光に触れた唇に。
陛下の口許が、ゆっくりと微笑を象る。すべてを見透かしていながら韜晦する、駆け引きめいた視線。光に彩られた頬の輪郭や首筋、肩口。つい先程まで、それらに触れていたという事実にのぼせそうだ。思考は破綻し、その代わりにどうしようもない感覚ばかり甦る。心と肌を擽る髪の質感とか、衣越しの体温とか、花の香に紛れてしまうほど微かなフレグランスとか、親指の付け根あたりに今も残る、鎖骨の硬さと、か……。
「ま、驚かせようっていう当初の目的は果たせたかな?」
ああもう俺がこの人に敵うわけ、ない。
■■■【side:Peony】■■■
罠、というより。これは状況を見定めるための試金石。
此処に至る経緯が経緯。複雑な要因が絡んでいるにしろ、それでも総合的に判断して、俺は奴の好意を勝ち得ている……という、その感触はある。しかし、その『好意』の種類を特定できない、というか手持ちの札が示す想定の範囲がどうも微妙なだけに確信が欲しい。好かれているその事実だけあれば、俺にとっては種類などどうでもいいことではあるが、奴にとってはそうもいかないだろう。前途ある、いや、前途を見守ってやりたい若者だ。そのためにも、現状を把握し、匙加減を誤ってはならない。……引き際まで、見極めた上で。
「……なに、やってるんですか」
「いや、まあ、ちょっと、その、な」
枝に髪を搦める。一枝だけは確信犯。それが些か大変なことになってしまったのは、まあ、風の所為にしてもいいだろう。変に縺れたらしく、頭を動かそうとすると、どこかしらが引き攣って痛い。少し我慢すれば引き抜けないこともないと思うが。
「お前がこっちに来るのが見えたから、驚かせてやろうと思ってな」
可愛いブウサギたちに手を伸ばそうとして、眉を寄せる。届かない。これはきっとたぶん天罰。
「で、茂みに身を隠そうとしたところで、枝に髪が絡まって難儀していらっしゃる、と」
「髪を切るなり枝を折るなりしても良かったんだが。どうせお前が通りかかるなら解いて貰おうかと」
純情な青年を誑かすことに一抹の疚しさを感じながらも朗らかな口調でそれを糊塗すれば、呆れながら、それでも縺れ具合を確認してくれる。真っ当に、素直な、いい奴だ。
「……失礼しますよ」
手袋を外した手で。痛まないように、傷めないように。注意深く優しい指が髪に触れる。
髪に触れる、ということは。場合によっては、かなり艶めかしい意味を持つ。そしてそのわりには、比較的、触りやすい。試してみるには丁度いいかと思ったが、こいつの場合、ルークやアッシュあたりの髪の手入れをしていた可能性もある。それならばこれも『お世話』の範疇か。
興味がないわけではない。そんな風情で指に髪を絡めて遊ぶ様子に、こんなものかな、と思う。
「ガイラルディア?」
「あ、ああ、はい。あともう一房」
後ろ髪を引かれる感覚が消えた瞬間、身を取り巻くように吹き抜けた風。背を護るように肩を抱かれ、これは出来過ぎだと、密かに……あざとい天の配剤を嗤う。
身を呈して庇う、そこまでは純粋な騎士道精神、或いは善意。
しかし、その後は。
気のせいではない熱。腕に籠められた、切ない熱意。堰が切れたような衝動を伴うこの感情は、ちょっと間違いようもないだろう。……様子見のつもりで、止めを刺しちまった気もするが。悪いことをしたという気持ちが胸を掠めるものの、仕方のないことだと割り切る意識の方が強い。俺の場合、立場が立場。知らなかったじゃ済まされない。承知さえしていれば、それなりに巧く立ち回る自信は、ある。
なんだかなあ。こいつも、こんな擦れっ枯らしを選ばなくてもよさそうなものを。嬉しく思わないわけではないが、初恋に戸惑う少年のような初々しさが擽ったくも眩しく、そこはかとない申し訳なさが先に立つ。
もういいぞありがとなと腕を叩けば、
「す、すみません!」
と、慌てた真っ赤な顔。可愛い奴だと思う。これでよくファブレ家に潜入できたものだ。……ああ、それは必ずしも矛盾しない、か。怒りや憎しみと、喜びや幸せでは、抑制の仕方が少し違う。こいつは、与えるばかり尽くすばかりで、与えられることや構われることにあまり慣れていない。だからこんなとき、どうしたらいいのか判らなくなる、のだ。これだけの色男、女性恐怖症でなければ……、ガルディオスの嫡男として育っていれば、また話は違ったろうに。
「すまないな、は、俺の台詞だと思うんだが」
ま、たらればの話をしても仕方ないか。経験が、今のこいつを形作っているのだし。
逸らされた顔を、強引に此方へと向ける。
情動を持て余して、揺れる瞳。こいつ自身、気付いているかどうか。困惑や羞恥の奥に潜む、生々しい飢えに。
それを含めて愛おしいと……餓えを充たしてやりたいと思う。こいつが望むなら、応えてやりたいと思う。けれど俺は、求めてはならない。欲すれば欲するだけ手元に留めておけると……俺にはそれだけの力があると、判りきっているだけに。
俺の役割は、樹の……大地に根差し実りを約束し自然の秩序を担い……という役割とよく似ている。
鳥や獣は、梢や根元で身体を休め傷を癒し、そしてまた旅立っていく。そう、目の前の、目に見えぬ痛みを抱えた男もまた、おそらくは。
けれど、それでいい。ネビリム先生、ネフリー、アスラン、可愛くないジェイドに、臍曲がりなサフィール。俺は皆が好きだし、好かれていた……今も愛されていると自覚している。その心が時の流れと共に、たとえ恋とは呼べなくとも、情愛や忠義や誠心という得難い好意に醸成されつつあることも。
だから、いい。多少淋しくとも、鳥は飛ぶもの、獣は走るもの。飛ばぬ走らぬ鳥獣は、最早別の生き物……それはブウサギだけでいい。そしてなにより、俺は一人の男であるより大樹の如き皇帝であることを、己の意志で選んだ。それに付随する様々の代償を充分理解し、覚悟した上で、だ。
懐いた窮鳥を手放すことは、そりゃいつだって酷く惜しいが。
さあ笑え俺。
「ま、驚かせようっていう当初の目的は果たせたかな?」
鳥が巣立つ、その日まで。
----------
【あとがき】
ガイは始まりに戸惑っていて、陛下は終わりまで折り込み済みで。
暫くして、ガイが望んだ時点でリリースする準備はできているという、陛下のスタンスに気が付いたガイが、陛下のその思考回路を決定付けたと思しきネフリーさんに、(恨みますよ、ネフリーさん。そりゃ貴女と陛下がうまくいっていたなら俺の出る幕なんかないわけですが、この人が心の裡に、こんな淋しい虚を抱えることもなかった)とかなんとか切なく涙してくれると楽しい……ような……。
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■■■【side:Gaillardia】■■■
それは、時折、思い出したかのように強い風が吹く日のことで。
今日も今日とて、ブウサギを連れて庭を歩く。
突風は偶に吹けども上天気。散歩のペース配分にも慣れて、リード捌きもなかなかなものだ。……などと、なんとなくひとり悦に入った矢先、ブウサギたちは一斉に、コースを変えて突進したりするから侮れない。なんだなんだと思う間もなく、情けなくも引き摺られて行けば、植え込みの陰から暴走の原因がひょっこり手を挙げた。
「よ、ガイラルディア」
ブウサギたちは正直だ。ただ真っ直ぐに己の主を慕い、脇目も振らないだけに誰が主であるか見誤ることもない。躊躇も二心もないそのひたむきな有り様は、まま、羨ましくもあるのだが。
「……なに、やってるんですか」
「いや、まあ、ちょっと、その、な」
いつもなら皇帝としての体裁なんざお構いなしで、屈み込んで撫でたり抱き上げたり。そんな人が、今は足元にブウサギたちを纏わり付かせたままだということに、おやと首を傾げる。そしてその拍子に、この人が微動だにしない原因を背後の枝葉に見つけた。
「お前がこっちに来るのが見えたから、驚かせてやろうと思ってな」
一体あなたはお幾つですかと、喉元まで出かかった言葉は飲み込む。まあ、この人の場合、歳はあまり関係ないか。思えばこの方が「じーさん」と親しみを込めて呼ぶ老マクガヴァンも、眉の下の眼光は鋭いものの、茶目っ気と愛嬌に溢れた方だ。
陛下のこういう遊び心には、困ったもんだと嘯いたりもするが、実際は言葉ほど困っていない。なんだかんだで線引きが巧く、この手の他愛ない遊びで許容範囲をそれほど大きく逸脱することはない人だ。そんな人のちょっとした悪戯は、気を許されているようでなんとなく嬉しく、不謹慎ながら次は何を仕出かすかと実はこっそり楽しみにしていたりする。……多少のとばっちりは、覚悟の上で。
「で、茂みに身を隠そうとしたところで、枝に髪が絡まって難儀していらっしゃる、と」
「髪を切るなり枝を折るなりしても良かったんだが。どうせお前が通りかかるなら解いて貰おうかと」
頼む、と。全く悪びれない調子に肩を竦めつつも、枝の様子を窺えば、どうしたらこれほどと首を捻るほどしっかり絡まっている。
駄目だ、これは片手間では解せない。
そう判断して、ブウサギのリードを陛下の手に預け、手袋を外す。
「……失礼しますよ」
一声掛けて、髪に触れ、
(うわ……っ)
思わず感嘆する。なんだこの手触り。
柔らかくて、なめらかで。けれど絹とも天鵞絨とも違い……そう、光をそのまま繊維にして触れたら、こんな感じなのかもしれない。しっとりと濡れているようにも見える艶やかな髪を、綺麗だと、そうは思っていたけれど。これはなんとも、まあ。
しかし惚けてばかりもいられないと、我知らず止まっていた手を叱咤して解しにかかる。一見縺れているように見えたが、枝を押さえ、軽く髪を引き抜くだけでするすると解けた。風の気紛れが手助けしたにせよ、この髪を搦め取るなんざ……この小枝、えらくいい趣味と根性だ。枝の先から離れた髪は、その弾力を示すようにふわりと広がり、燦爛と煌めきながら陛下の背に散る。
本当に、光そのもののようだ。
どうしようもない好奇心に負けて、こっそり髪に指を絡めてみれば。当然、透けたり掴めなかったりということもなく、それなりの質量は感じられた。けれど手中のその髪は、指先の力を抜くやいなや、しなやかに跳ねて舞い……思わず手を握りしめたが間に合わず、瞬く間にすべて掌から零れ落ちた。
それだけの、ただそれだけのことが。何か……あまり愉快ではないことを暗示しているように思えて、息が詰まる。指を擦り抜ける光。焦燥を伴う後悔。一筋たりともこの手に留めることは出来なくて。
拳に力を込める。爪の跡が掌に残るほど強く、強く。
なんだろう、この背筋を這い上る怖気のような不安。
それに胸が。胸が酷く痛い。
「ガイラルディア?」
「あ、ああ、はい。あともう一房」
指先の幽かな震えを握り潰し、縺れた髪をすべて解いた、その時。一陣の風が吹き上げて陛下の髪と茂みを揺らした。また絡んではいけないと、咄嗟に腕を伸ばして陛下の背と枝の間に割って入る。風に薫る、沈香のような……くらくらするほど強い花の香。その風と香りと遊ぶ光の糸が、頬を掠め、肩を抱いた手の甲の上で踊る。
戯れる風。けれど、周囲は不思議な静けさに包まれていて。
まるで、時が止まったような。
そのなかで、この手に掴みきれなかった大切なものを想う。
幼く、力不足で。取り零した、さまざまなもの。
けれど、今。腕の中に捕らえた光。失いたくない。手放したくない。
ああそうか、止まったような、ではなく。時を止めてしまいたい、だ。
このままこの髪に額を埋めて、そして……。
もういいぞありがとな。そんな言葉と、ぽんぽんと腕を叩かれる感覚に、びくりと我に返る。
「す、すみません!」
ぱっと腕を解いて後退る。い、今俺、何を。
「すまないな、は、俺の台詞だと思うんだが」
笑みを含んだ声音に体温が上がる。此方を見上げるブウサギたちの視線に縋る。そう、そうだ。ブウサギに囲まれている今、何をやっても絵面は喜劇……って、何をやってもって何だ俺。
と。不意に伸びた陛下の指が俺の顎を捉え、俯いた顔を上げさせられる。真正面から向き合わざるを得ない、風に乱れた名残の金糸、そこから覗く至高の青。その輝きと、軽く添えられただけで拘束力を欠片も持たない指に囚われ、息もできない。もしかして気付かれたのか。ほんの一瞬、けれど偶然やものの弾みではなく、明確な意志をもって光に触れた唇に。
陛下の口許が、ゆっくりと微笑を象る。すべてを見透かしていながら韜晦する、駆け引きめいた視線。光に彩られた頬の輪郭や首筋、肩口。つい先程まで、それらに触れていたという事実にのぼせそうだ。思考は破綻し、その代わりにどうしようもない感覚ばかり甦る。心と肌を擽る髪の質感とか、衣越しの体温とか、花の香に紛れてしまうほど微かなフレグランスとか、親指の付け根あたりに今も残る、鎖骨の硬さと、か……。
「ま、驚かせようっていう当初の目的は果たせたかな?」
ああもう俺がこの人に敵うわけ、ない。
■■■【side:Peony】■■■
罠、というより。これは状況を見定めるための試金石。
此処に至る経緯が経緯。複雑な要因が絡んでいるにしろ、それでも総合的に判断して、俺は奴の好意を勝ち得ている……という、その感触はある。しかし、その『好意』の種類を特定できない、というか手持ちの札が示す想定の範囲がどうも微妙なだけに確信が欲しい。好かれているその事実だけあれば、俺にとっては種類などどうでもいいことではあるが、奴にとってはそうもいかないだろう。前途ある、いや、前途を見守ってやりたい若者だ。そのためにも、現状を把握し、匙加減を誤ってはならない。……引き際まで、見極めた上で。
「……なに、やってるんですか」
「いや、まあ、ちょっと、その、な」
枝に髪を搦める。一枝だけは確信犯。それが些か大変なことになってしまったのは、まあ、風の所為にしてもいいだろう。変に縺れたらしく、頭を動かそうとすると、どこかしらが引き攣って痛い。少し我慢すれば引き抜けないこともないと思うが。
「お前がこっちに来るのが見えたから、驚かせてやろうと思ってな」
可愛いブウサギたちに手を伸ばそうとして、眉を寄せる。届かない。これはきっとたぶん天罰。
「で、茂みに身を隠そうとしたところで、枝に髪が絡まって難儀していらっしゃる、と」
「髪を切るなり枝を折るなりしても良かったんだが。どうせお前が通りかかるなら解いて貰おうかと」
純情な青年を誑かすことに一抹の疚しさを感じながらも朗らかな口調でそれを糊塗すれば、呆れながら、それでも縺れ具合を確認してくれる。真っ当に、素直な、いい奴だ。
「……失礼しますよ」
手袋を外した手で。痛まないように、傷めないように。注意深く優しい指が髪に触れる。
髪に触れる、ということは。場合によっては、かなり艶めかしい意味を持つ。そしてそのわりには、比較的、触りやすい。試してみるには丁度いいかと思ったが、こいつの場合、ルークやアッシュあたりの髪の手入れをしていた可能性もある。それならばこれも『お世話』の範疇か。
興味がないわけではない。そんな風情で指に髪を絡めて遊ぶ様子に、こんなものかな、と思う。
「ガイラルディア?」
「あ、ああ、はい。あともう一房」
後ろ髪を引かれる感覚が消えた瞬間、身を取り巻くように吹き抜けた風。背を護るように肩を抱かれ、これは出来過ぎだと、密かに……あざとい天の配剤を嗤う。
身を呈して庇う、そこまでは純粋な騎士道精神、或いは善意。
しかし、その後は。
気のせいではない熱。腕に籠められた、切ない熱意。堰が切れたような衝動を伴うこの感情は、ちょっと間違いようもないだろう。……様子見のつもりで、止めを刺しちまった気もするが。悪いことをしたという気持ちが胸を掠めるものの、仕方のないことだと割り切る意識の方が強い。俺の場合、立場が立場。知らなかったじゃ済まされない。承知さえしていれば、それなりに巧く立ち回る自信は、ある。
なんだかなあ。こいつも、こんな擦れっ枯らしを選ばなくてもよさそうなものを。嬉しく思わないわけではないが、初恋に戸惑う少年のような初々しさが擽ったくも眩しく、そこはかとない申し訳なさが先に立つ。
もういいぞありがとなと腕を叩けば、
「す、すみません!」
と、慌てた真っ赤な顔。可愛い奴だと思う。これでよくファブレ家に潜入できたものだ。……ああ、それは必ずしも矛盾しない、か。怒りや憎しみと、喜びや幸せでは、抑制の仕方が少し違う。こいつは、与えるばかり尽くすばかりで、与えられることや構われることにあまり慣れていない。だからこんなとき、どうしたらいいのか判らなくなる、のだ。これだけの色男、女性恐怖症でなければ……、ガルディオスの嫡男として育っていれば、また話は違ったろうに。
「すまないな、は、俺の台詞だと思うんだが」
ま、たらればの話をしても仕方ないか。経験が、今のこいつを形作っているのだし。
逸らされた顔を、強引に此方へと向ける。
情動を持て余して、揺れる瞳。こいつ自身、気付いているかどうか。困惑や羞恥の奥に潜む、生々しい飢えに。
それを含めて愛おしいと……餓えを充たしてやりたいと思う。こいつが望むなら、応えてやりたいと思う。けれど俺は、求めてはならない。欲すれば欲するだけ手元に留めておけると……俺にはそれだけの力があると、判りきっているだけに。
俺の役割は、樹の……大地に根差し実りを約束し自然の秩序を担い……という役割とよく似ている。
鳥や獣は、梢や根元で身体を休め傷を癒し、そしてまた旅立っていく。そう、目の前の、目に見えぬ痛みを抱えた男もまた、おそらくは。
けれど、それでいい。ネビリム先生、ネフリー、アスラン、可愛くないジェイドに、臍曲がりなサフィール。俺は皆が好きだし、好かれていた……今も愛されていると自覚している。その心が時の流れと共に、たとえ恋とは呼べなくとも、情愛や忠義や誠心という得難い好意に醸成されつつあることも。
だから、いい。多少淋しくとも、鳥は飛ぶもの、獣は走るもの。飛ばぬ走らぬ鳥獣は、最早別の生き物……それはブウサギだけでいい。そしてなにより、俺は一人の男であるより大樹の如き皇帝であることを、己の意志で選んだ。それに付随する様々の代償を充分理解し、覚悟した上で、だ。
懐いた窮鳥を手放すことは、そりゃいつだって酷く惜しいが。
さあ笑え俺。
「ま、驚かせようっていう当初の目的は果たせたかな?」
鳥が巣立つ、その日まで。
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【あとがき】
ガイは始まりに戸惑っていて、陛下は終わりまで折り込み済みで。
暫くして、ガイが望んだ時点でリリースする準備はできているという、陛下のスタンスに気が付いたガイが、陛下のその思考回路を決定付けたと思しきネフリーさんに、(恨みますよ、ネフリーさん。そりゃ貴女と陛下がうまくいっていたなら俺の出る幕なんかないわけですが、この人が心の裡に、こんな淋しい虚を抱えることもなかった)とかなんとか切なく涙してくれると楽しい……ような……。
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