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アスランとディラック
※『お気に召すまま』を先にお読み下さい

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「フリングス少将。お疲れでしたら寝台へどうぞ」
 書類の綴じ込みを任せていたディラックにそう声を掛けられて、顔を上げる。ついでに伸びをひとつ。
「ああ……いや、この書類を片付けないことにはな」
「はい、いいえ少将。お言葉ですが、今、書類のことなど考えていなかったでしょう?」
 確かに、集中は途切れていた。しかし、仕事と全く懸け離れたことを考えていたというわけではない。故に、ディラックとの付き合いの長さは相当なものだが、それでも……そんなに判りやすく惚けていたとは思えない。
「何故」
 判ったのかと深い意味もなく尋ねれば、ディラックはやれやれというように肩を竦めた。
「癖、ですかね。掌で顎を支えるようにして考え事をされているときは、えらく深刻な顔をしているんですが。今のように指先だけで軽く顎に触れているときは、何と言うかその、私的な顔をしていらっしゃることが多いので」
「私的?」
 とは、随分言葉を選んだものだ。語尾に疑問符を吊り下げれば、
「嬉しいような困ったような」
 などと、重ね重ねどうも微妙な。
「ような?」
「……切ないような」
 ぐ、と。なにかを飲み込み損ねたように詰まる。ディラックの口から切ないという言葉を聞くとは、なんとなく不覚だ。
「……本当に?」
「楽しそうに見えることもありましたよ」
「楽しい。楽しい、か。そうだな」
 楽しいばかりでもないのだが、否定もできない。嬉しいような、困ったような、切ないようなということも。そういう心当たりなら、ある。
「少し、昔のことを思い出した」
 顎を、撫でる。
 昔、あの方に蹴られた顎。
 思い出すだけでも顔から火が出るような過去だが、それもひとつの通過儀礼だったのだろう。……あの方を想うとき、我知らず顎に触れる癖があるというのなら。
「蹴られたことがあってな」
「蹴られたって……少将の顎……顔を、ですか」
 豆鉄砲を食った鳩のようなディラックに片目を瞑る。
「ああ、あれだけ綺麗な……いっそ見事なまでに的確な蹴りを喰らったのは後にも先にも一度きりだ」
「そりゃまた豪毅な。グランコクマの女性を敵に回して恐れない勇者でもある」
 豪毅な勇者。
「……まあ、ある意味」
 しかし当のあの方自身、いつだって能う限り女性の味方。あれは自分の自業自得であったし、事が知れたら女性たちもあの方の味方をするだろう。苦笑するしかない。
「猛者というのは意表を突かれましたが、まあ、少将との釣り合いは案外いいかもしれませんね」
「何の話だ?」
 展開した話の矛先が見えずに首を傾げれば、
「惚れた女の話でしょう?」
 と、またこいつは。
「少将の声。惚気以外のなにものにも聞こえませんが」
 咄嗟に反駁しかけて、向きになることもないかと思い留まる。反応を見て遊んでいるのだ、この男は。気心の知れた相手というのもタチが悪い。まあだからこそ、此方も悪巫山戯に遠慮会釈はいらぬというものだが。
 一見、白旗を揚げるかのように大きくゆっくり息をして、精々甘やかな表情を作る。
「金の髪の、美しい人の話だ」
 ……嘘は吐いていない。

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ディラックが先任下士官だったりしたら浪漫ー。
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