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■マクガヴァン親子
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「なんだかのう……」
開け放った大窓からは、穏やかな陽射しが降り注ぐ。耳を澄ませば、爽やかな風に乗って金槌の音……痛手を負った街が息を吹き返す音が聞こえてきそうな、明るい午後。安楽椅子に腰掛けた老マクガヴァンはひとつ大きく息を吐いた。
「なんですか父上」
温めたティーカップに、茶を注ぐ。ふわりと広がるベルガモットの香りに、グレンは僅かに口角を上げた。鮮やかな橙色の茶を二つのカップへと均等に注ぎ、最後の一滴は父親の碗に落とす。
「いや、家族とのんびり茶の時間を楽しむ、というのは、確かに夢じゃったが」
「……父上と私は血の繋がった実の親子で、セントビナーの暫定司令部はこの屋敷。有事の際はその限りではありませんが、本日の私は休暇をいただいています。何か問題でも?」
茶に先んじて請けのマフィンを頬張っていた父親の前へソーサーに乗せたカップを置き、グレンも向かいの席に腰を下ろした。
「問題などありゃせんが、休日まで軍服で過ごす息子と二人っきりというのはな」
「この街は復興中ですからね。何かあったとき、すぐ動ける軍服は便利なんです」
色気のないことだと溜息をつき、老マクガヴァンは二つ目のマフィンに手を伸ばした。
「それになあ。このマフィン」
「お口に合いませんでしたか」
「さくさくと香ばしい表面に、しっとりとした弾力のある内側。バターの風味は豊かで、しっかり甘く、かつ舌の上でべたつかない匙加減は甘味好きには堪らんな。茶にもよく合う」
「…………」
まあ、喜んでもらえるならばそれに越したことはないが。そう思いつつ、グレンは父親の口調からなんとなく落としどころを察し、黙ってカップに口を付けた。
「林檎と干葡萄も、胡桃とクランベリーも。絶品なだけに、息子の手作りだと思うと、なにやら虚しゅうてのう」
虚しいと言う口で、『息子の手作り』をまぐまぐぱくつく父親に、グレンは微苦笑を浮かべる。
「父上も御存知でしょう。軍の中には、酒も煙草もやらない……体質的に無理な者もいると。風紀を乱さず、かつ一般的な嗜好品の類となると、甘いものというのは妥当だと思いますが」
酒も煙草も。もともと、その類の気散じをそれほど必要とする息子ではない。しかし、付き合い程度には嗜むのだ。体質的に無理な者というのは己のことではなく、同僚であったり、部下であったり。彼らは……着々と餌付けされている軍の狗どもは、美味いと目を輝かせるその菓子が、『マクガヴァン将軍』のお手製だと知っているのだろうか。知っているならそれはそれで何とも言い難い……と、つい遠い目をしてしまう老マクガヴァンなのであった。いやまあ、ビミョウな内心を割り切ってしまえば、ユカイな事態ではあるのだが。
「……なにもお前が作らずとも」
「勿論任務に差し障りのない程度に止めていますし、これで結構、いい気晴らしにもなるんです」
理路は整っているようで、基のところから何処かずれているマイペースな息子に、老マクガヴァンは処置なしと天を仰いだ。菓子作りがいけないというわけではない。これだけのものが作れるのなら、特技と言って差し支えなかろう。けれど、それでなくとも慢性的に超過勤務気味な軍人の休日の過ごし方として、緊急の呼び出しに備えて軍服を着用したり、小麦粉を篩ったりバターを練ったり天火の番をしたりというのは如何なものかと……もう少し気の弛んだ潤いがあってもよいと思うのだ。
「……嫁さん、貰ったりせんのか?」
家事は女性に、というつもりはない。名家の誉れも高いマクガヴァン家だが、それにもあまり拘りはない。しかし、息子の隣に似合いの女性が佇む姿を見てみたいと思うのは親の情、なにより花の一輪もあれば、茶の席も随分華やぐだろうにと、老マクガヴァンは思う。
深い意味はあるような、ないような。そんな父親の視線を受けて、グレンは強いて言うなら笑顔の範疇に入る、かもしれないという、微妙な表情で答えた。
「……私は、もてないんですよ。根本的に」
そんなことはないと、老マクガヴァンは知っている。家名に惹かれるだけでなく、影日向なく働く息子を好ましい目でそっと見守るような娘が何人もいることを。けれどそれと同じくらい、判りきっているのだ。自省的なニブチンと慎ましやかな引っ込み思案の恋愛は、初手の段階が非常に困難である、ということも。
ああ、空が青い。
「今の状況が恵まれたものであると。それを理解していないわけではない。本気でそう望むわけでもなし、幸福の上に胡座をかいた戯言だとそれも承知してはいるのじゃが。奥手で堅苦しいうえに少々ぼんやり、けれど実務に関しては有能でなにより一途というのと、互いの立場を見極めた上で適当に強引、愛嬌と包容力は人一倍というのはなかなか相性もよかろうに。ふむ、そうするとマクガヴァンの名も役に立つ、か」
独り言めいた言葉を紡ぐ父親に、グレンは首を傾げる。
「結局、何をおっしゃりたいので?」
老練の元・元帥は、さりげなく己のティーカップをソーサーごと膝上に退避させ、マフィンを手元に確保した上で爆弾を投下した。
「もしお前が息子ではなく娘だったら、陛下に貰っていただくという手もあった、とな」
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この後のグレンのリアクションは想像にお任せ。
「なんだかのう……」
開け放った大窓からは、穏やかな陽射しが降り注ぐ。耳を澄ませば、爽やかな風に乗って金槌の音……痛手を負った街が息を吹き返す音が聞こえてきそうな、明るい午後。安楽椅子に腰掛けた老マクガヴァンはひとつ大きく息を吐いた。
「なんですか父上」
温めたティーカップに、茶を注ぐ。ふわりと広がるベルガモットの香りに、グレンは僅かに口角を上げた。鮮やかな橙色の茶を二つのカップへと均等に注ぎ、最後の一滴は父親の碗に落とす。
「いや、家族とのんびり茶の時間を楽しむ、というのは、確かに夢じゃったが」
「……父上と私は血の繋がった実の親子で、セントビナーの暫定司令部はこの屋敷。有事の際はその限りではありませんが、本日の私は休暇をいただいています。何か問題でも?」
茶に先んじて請けのマフィンを頬張っていた父親の前へソーサーに乗せたカップを置き、グレンも向かいの席に腰を下ろした。
「問題などありゃせんが、休日まで軍服で過ごす息子と二人っきりというのはな」
「この街は復興中ですからね。何かあったとき、すぐ動ける軍服は便利なんです」
色気のないことだと溜息をつき、老マクガヴァンは二つ目のマフィンに手を伸ばした。
「それになあ。このマフィン」
「お口に合いませんでしたか」
「さくさくと香ばしい表面に、しっとりとした弾力のある内側。バターの風味は豊かで、しっかり甘く、かつ舌の上でべたつかない匙加減は甘味好きには堪らんな。茶にもよく合う」
「…………」
まあ、喜んでもらえるならばそれに越したことはないが。そう思いつつ、グレンは父親の口調からなんとなく落としどころを察し、黙ってカップに口を付けた。
「林檎と干葡萄も、胡桃とクランベリーも。絶品なだけに、息子の手作りだと思うと、なにやら虚しゅうてのう」
虚しいと言う口で、『息子の手作り』をまぐまぐぱくつく父親に、グレンは微苦笑を浮かべる。
「父上も御存知でしょう。軍の中には、酒も煙草もやらない……体質的に無理な者もいると。風紀を乱さず、かつ一般的な嗜好品の類となると、甘いものというのは妥当だと思いますが」
酒も煙草も。もともと、その類の気散じをそれほど必要とする息子ではない。しかし、付き合い程度には嗜むのだ。体質的に無理な者というのは己のことではなく、同僚であったり、部下であったり。彼らは……着々と餌付けされている軍の狗どもは、美味いと目を輝かせるその菓子が、『マクガヴァン将軍』のお手製だと知っているのだろうか。知っているならそれはそれで何とも言い難い……と、つい遠い目をしてしまう老マクガヴァンなのであった。いやまあ、ビミョウな内心を割り切ってしまえば、ユカイな事態ではあるのだが。
「……なにもお前が作らずとも」
「勿論任務に差し障りのない程度に止めていますし、これで結構、いい気晴らしにもなるんです」
理路は整っているようで、基のところから何処かずれているマイペースな息子に、老マクガヴァンは処置なしと天を仰いだ。菓子作りがいけないというわけではない。これだけのものが作れるのなら、特技と言って差し支えなかろう。けれど、それでなくとも慢性的に超過勤務気味な軍人の休日の過ごし方として、緊急の呼び出しに備えて軍服を着用したり、小麦粉を篩ったりバターを練ったり天火の番をしたりというのは如何なものかと……もう少し気の弛んだ潤いがあってもよいと思うのだ。
「……嫁さん、貰ったりせんのか?」
家事は女性に、というつもりはない。名家の誉れも高いマクガヴァン家だが、それにもあまり拘りはない。しかし、息子の隣に似合いの女性が佇む姿を見てみたいと思うのは親の情、なにより花の一輪もあれば、茶の席も随分華やぐだろうにと、老マクガヴァンは思う。
深い意味はあるような、ないような。そんな父親の視線を受けて、グレンは強いて言うなら笑顔の範疇に入る、かもしれないという、微妙な表情で答えた。
「……私は、もてないんですよ。根本的に」
そんなことはないと、老マクガヴァンは知っている。家名に惹かれるだけでなく、影日向なく働く息子を好ましい目でそっと見守るような娘が何人もいることを。けれどそれと同じくらい、判りきっているのだ。自省的なニブチンと慎ましやかな引っ込み思案の恋愛は、初手の段階が非常に困難である、ということも。
ああ、空が青い。
「今の状況が恵まれたものであると。それを理解していないわけではない。本気でそう望むわけでもなし、幸福の上に胡座をかいた戯言だとそれも承知してはいるのじゃが。奥手で堅苦しいうえに少々ぼんやり、けれど実務に関しては有能でなにより一途というのと、互いの立場を見極めた上で適当に強引、愛嬌と包容力は人一倍というのはなかなか相性もよかろうに。ふむ、そうするとマクガヴァンの名も役に立つ、か」
独り言めいた言葉を紡ぐ父親に、グレンは首を傾げる。
「結局、何をおっしゃりたいので?」
老練の元・元帥は、さりげなく己のティーカップをソーサーごと膝上に退避させ、マフィンを手元に確保した上で爆弾を投下した。
「もしお前が息子ではなく娘だったら、陛下に貰っていただくという手もあった、とな」
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この後のグレンのリアクションは想像にお任せ。
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