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CAST:ディラック・陛下・少将
ディラック、『陛下』と遭遇する の巻

帝都酒亭のバイオリン弾き

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 譜術の帝国・マルクト、その首都は音楽の都でもある。
 宮廷や貴族のサロンでは勿論、商工業地や下街でも楽器の音色を探すことは容易い。それが、たとえ無骨な兵舎であったとしても。
「……どうした、ディラック?」
 絹の上を滑るような音に顎を上げれば、それに気づいて掛けられた、我が上官殿の声。
「はい、バイオリンの音が」
 そう答えれば、書類仕事の手を止めて、耳を澄ますこと暫し。
「ああ、本当だ」
 軍楽隊の性質上、管楽器や打楽器の音は日常茶飯。しかし弦楽器というのは些か珍しい。誰が弾いているのだろう。兵舎ならではの雑音、その間を縫うように聞こえてくるのは、辛うじてバイオリンの音だと判断できる程度の、幽かな音色。
「他に紛れそうなこの音を耳が自ずと拾うのか。知らなかったな、お前がそれほどバイオリンの音を好んでいたとは」
 白銀の髪の下の、あからさまに面白がるような顔。そちらが俺で遊ぶつもりなら、多少なりとも反撃させていただく所存。
「お好きなのは少将でしょう」
「私が? 何故だ?」
 素でさらりと返った応えに、揶揄の失敗を覚る。
 不発ならば仕方ない。肩を竦めて、ほんの少し口調を崩す。
「何故も何も。我らが陛下もバイオリンをお弾きになるでしょうが?」
「……陛下が、バイオリンを?」
 疑問形、けれど不信の色は混ざらない声。純粋な驚きを示して瞠られた目に、心の中で天を仰ぐ。
 ああ。これは失敗じゃない、大失敗だ。



 それは幸やら、不幸やら。
 非番の徒然、なんとなく一人で飲みたい気分で街を歩けば、出くわしたのは最近とんと御無沙汰していた民間人の飲み仲間。これから飲みに行くんだがお前ちょっと付き合えよと誘われた先は、歓楽街と下街の境界にある、俺の知らない店だった。お前この辺テリトリーだったかと問えば、お前が軍服着てたら連れてこなかったさとの答え。すわ怪しい店かと思いきや、そういうわけでもないらしい。店の奥から聞こえてくる軽快なバイオリンの音色に、残念なような、安堵のような溜息をつく。いや、どちらかと言えば残念寄りなんだろう。こういう飲み屋にそれとなく生まれる職業的、或いは身分的な住み分けは、まあ必然だろうし仕方ない。仕方ないが、昔よく似た立ち位置にいた連中との隔たりを端的に示されちまったようで、そこはかとなくもの寂しい。
 感傷を蹴り飛ばすようにして足を踏み入れたその店は、ほとんどの客が立ち飲みだった。軽く一杯引っ掛けるのにも便利だろうが、情報の遣り取りや顔繋ぎにも使われる商人向けの店、といったところか。なかなか広く、所々に止まり木よろしく背の高い丸テーブルとスツールが据え置かれ、カウンターの奥の壁には上から下まで酒瓶がぎっしりと並べられている。装飾といえば様々な形の瓶とそのラベル、そして逆さに吊り下げられたグラスが弾く光くらいなもので、その素っ気無さがいっそ清々しい。腰を落ち着けて乾杯という改まった仲でもないので、注文した飲み物を手に壁際へと寄る。
「結構いい雰囲気の店じゃないか。軍人お断りな店だってのは残念だ」
「ま、正面切ってお断りってわけじゃないけどな。それはともかく、お前、第二師団に配属されただろ」
「それがどうかしたか」
「まあな。今、ここに面白い男が来てるって話を聞いてさ、その行き掛けの道すがらにお前とばったりだなんて、こりゃ預言のお導きかと思ってなー…」
 そう言いながら、目の前の旧友は首を伸ばす。
「ああ。やっぱり来てるな、陛下」
「陛下?」
「そういう、渾名」
「そりゃそうだろが、また大胆な……」
 苦笑しながら何の気なしに視線を追えば。
 陛下。
 ってそれ渾名じゃないだろこの方に対するごく一般的な敬称ですよね!
 いやむしろ渾名であって下さいますよう畏れながら伏して御願い奉り候。
「で。お前なら、ピオニー陛下を間近で見たこともあるんじゃないかって」
「……え。や、まあ……」
 落ち着け。落ち着け俺。
 頭ん中、真っ白になってる場合じゃないだろ。
 あそこにいるのは、そう、陛下ではない。
 場末の飲み屋に流れる小気味良いバイオリンの音色、それを紡ぐ楽師が陛下であるはずがない。
「なら、どうだ。似てるか?」
 ちょっと待て。
 これはどう答えるのが正解だ?
「そうだな……」
 と、とにかく、否定しては駄目だ。
 なにしろ、ピオニー陛下が即位してからこちら、金髪だったり青い瞳だったり、多少なりとも共通点がある野郎への世辞として『ピオニー陛下のような』なんてな言い回しがあるくらいだ。
 ん。ってことは、程度の差こそあれ、似ている奴は珍しくもないって線で押していいんじゃないか? そういうことにしておいてくれ。
「……あの金の髪は俺もちょっとびっくりするほど似ているかもな」
「ああ、だよなあ。野郎だと判っていてもつい目で追っちまう髪だよな、あれ」
 そう感心する相手に、まあなあと笑顔を返す。引き攣り気味なのは仕方ない。
「あいつ、確かフランツ、だったかな。もともとは名前で呼ばれてたんだけど、打てば響くような奴でさ。いつだったか、ピオニー陛下に似ているって話になったとき、えっらい絶妙な間で『民衆の歓呼に応える皇帝陛下の図』を演ってみせて。いやもう、まわりの連中、大ウケ」
「……へえ……」
 そりゃまた、強心臓な。
 つい遠い目をしちまう俺を、誰も責めまい。
「で、それ以来、陛下とかピオ君とか呼ばれてるってワケ」
 ……ぴおくん?
「それは……何と言うか、不謹慎じゃないか?」
「おっ。すっかり軍人さんだねえ」
 いやまあその、不謹慎というか。陛下がピオ君呼ばわりされてるところを目の当たりにしたら、血管の2・3本、簡単に切れそうな人を何人も知っているだけに、考えるだに恐ろしいというか。
「まあ見てりゃ判ると思うけど、いい奴だよ、あいつ。陛下なんて呼ばれても、変に思い上がるようなこともないし。酒の場の話ってことでピオニー陛下もお許し下さるだろうさ」
 許す、ってか。一番楽しんでるのは他ならぬ陛下であらせられる模様。
「それに、グランコクマの奴じゃないっぽいし」
「そうなのか?」
「じゃないかって話さ。そこにいりゃ周囲に人が集まる奴だがら、目立つんだよな。なのに滅多に姿を見ないし、セントビナーやケテルブルグだけじゃなく、ケセドニアやキムラスカの状況にも詳しいあたり、旅回りの足でこのへんにも寄ってるんじゃないかって……」
 そんな話の最中、少し離れた席から連れの名を呼ぶ声がして、俺はここぞとばかり、いいさ構わん行ってこいと満面の笑顔で送り出し。そして、やっと、深く深く息をする。
 大丈夫だよな? 俺、致命的な失敗はしていないよな?
 あまりのことに働くことを拒否しているような頭を、二・三度振る。
 ええと何か見逃しを、あ。ああ、そうだ、護衛。いくら微行といっても、護衛の一人も連れずに、こんなところをふらふらする方ではないはず。……ないはず、だよな。型に嵌らぬ方、けれど大胆に見えるようでいて、状況の見極めはむしろ細心な方だと語ったうちの少将の言葉を、今はとにかく信じたい。……同じ口が、武芸に秀でた方だと惚気けていたことは、ひとまず忘れることにする。
 平常心平常心と頭の中で唱えながら、意識して注意深く周囲を見渡せば。目に留まったのは、どこにでもいる譜術士風の、上背がある男。長い前髪で顔の半面を覆う、その眼は赤。髪は黒く、随分と印象や雰囲気を変えているので、街で擦れ違っても気がつかないかもしれない。逆説的だが、此処にいるのが本物の陛下なら、まず間違いなく、あれはネクロマンサー。皇帝の、懐刀。
 良い噂も悪い噂も聞く、しかし実力は折り紙付き。
 その姿に、ほっとしていいはずなのに。何故だか微妙に面白くない。
 けれど。たとえば仮に、あの方がうちの少将を連れていたとしたら、それはそれで面白くないだろう。
 今、この場に置く護衛には。酔っ払いの喧嘩の態なら、多少手や足が出ようとも眉ひとつ動かさず傍観者を装う判断力と演技力が要る一方で、ここに『皇帝陛下』を狙う刺客がひとりでも紛れ込もうものなら、疑わしき程度の連中も引っ括めて焼き尽くすだけの技量と苛烈な覚悟も要るように思う。あの人にはそれができない、とは思いたくない。が、それは、真っ当で真っ直ぐな軍人気質のあの人にはつらかろう、と思う。
 死霊使いの、整った面立ち。それはそれだけで人目を惹きそうなものだが、不思議なほど目立たなく振る舞えるというあたり、想像以上に芸達者だ。容姿で言うならあの人だって負けていないとは思うが、うちの少将は陽性に過ぎる。周囲に溶けて馴染むどころか、看板を掛けて歩くようなものだろう。
 そういう意味でも適材適所。それは俺にだって判る。
 これは、あれだ。頑是無い子供だった時分、母親の初恋の相手が父親ではなかったことを知ったときの、妙にもやもやした気持ちに近いのかもしれない。
 我ながら碌でも無い例えに顔を顰める。まあ、それでも。こっそり尾行してでもお守りせねばというような、どう考えても身の丈に合わない懸念は杞憂で済むらしい。取り敢えずは一安心、ってことでいいよな。
 奇跡的に零さなかった酒は既にぬるく、ぬるいということが判るくらいには落ち着いてきたようだ。ひとまず唇を湿して、そういえばと再び視線を巡らせる。挨拶回りにでも行ったのか、連れの姿は見当たらない。それはそれで今の俺には有難いが、ひどく手持ち無沙汰だ。かといってこのまま回れ右という気にはなれず、手持ちの酒を強いものに替えて、それを舐めながらバイオリンの音色に耳を傾ける。
 上手いか下手かで言えば、まず上手い。しかし、『上手い』と『すごく上手い』を聞き分けられるほど上等な耳を持たない俺には、それ以上は判らない。ただ、堂に入った挙措や表情が、技術以上に上手く感じさせているとは思う。たとえば、手拍子・足拍子に合わせて音を足したり削ったりとか、視線を合わせた客の興味を引き出すように音を伸ばしてみたりとか。音楽を聴かせるのではなく、まるで、聴衆と会話するような演奏。
 バイオリンといえば己の心の裡を吐露する楽器という印象が強く、情感豊かに咽ぶ高音は女が泣いているようで、正直かなり苦手なんだが、この方の音はからりと気さくで饒舌だ。よう元気か、なにしけた面してんだよ、まあついてない日もあるさ、景気よく行こうぜ、いいね姐さん色っぽいね素敵だね、とか何とか聞こえてきそうな、ささやかな日常を労り慰め謳歌する、陽気な音色。貴石のように燦然たる響きという感じではないけれど、子供の遊ぶ硝子玉が石畳に跳ねてちらちら瞬くような、懐かしく好ましい音。
 その音色に相応しい選曲も、一体何処で覚えてきたのやら。旋律は明朗にして軽妙、但し内容を知ってる奴は苦笑いを噛み殺すような……たとえば寝盗られ男が恋人に戻ってきてくれと跪いて懇願する曲だったりと、残念な美形ぶりが実に微笑ましい。「よ、陛下!」という掛け声にぎくりとするも、周囲の反応を窺うに、まわりが頭っからそっくりさんとして認識していて、その上でこの人好きのする楽師を歓迎して楽しんでいる、そして当の楽師は客の期待に応えた形で振る舞っている……そのような状況の中に身を置いていると、だんだん、ああなんだやっぱりよく似た人なのかと得心するようになる、気がする。俺も俺自身のとんだ早とちりを笑うところだ。あの赤眼さえ見かけなければ。
 まあ、胃の痛いことを他の誰かさんが請け負ってくれるなら、この状況も考えようによっては、幸運なのかもしれない。
 なにしろこの陛下似の楽師様は、酒場の楽師として得難い資質をお持ちでもある。
 演奏の腕前だけの話じゃない。バイオリンを恋人に見立てて軽やかに踊れば、ふわっと広がる髪や裾、首に巻いて垂らしたストールの揺らめきが、華やかな身の熟しを引き立てる。その姿は女性でなくとも目の保養。押しも押されもせぬ美丈夫であるはずなのに、お道化た印象が勝つのも野郎の目には好印象。曲の合間で弓を跳ね上げてみせると、それを目にした面々は自ずと杯を掲げるあたり、客を意図通りに乗せて煽るのも巧い。かと思えば、一番盛り上がるところでわざと音量を抑えたのは、そこかしこで交わされる会話を妨げないようにという心配りなのだろう。座の中心に君臨しているのは確かだけれど、周囲の空気を読み取ることにも長け、その場での優先順位を間違えない。主役にして名脇役という風情。
 鶏口となるも牛後となる勿れ、なんて言葉があるけれど。流石、牛の頭であらせられる方は、さらっと鶏口にもなっちまうもんだなと妙なところに関心しながら、朗らかに歌うバイオリンに聞き惚れる。

 と。そのとき。
 ふと、あの方と、目が合った。

 曲調に相応しい笑みを浮かべたまま、眼鏡の奥で細められた目。
 その瞳は紛れもなく俺を特定個人として認識していた。
 ……嘘、だろう?
 陛下が俺を知るはずがない。
 そりゃまあ俺だってマルクトの民で、兵だ。陛下の覚えもめでたく、なんてな状況を妄想してみたことはない、とは言えない。けれど実際、そこまで自惚れてもいない。それこそうちの少将みたく、 将官クラスならいざ知らず、兜を被った兵装でしか接する機会のない下士官なんざ十把一絡げ、畑のかぼちゃも同然だろう。でも、今、愉しげな笑みを湛えた青い瞳は「お前、あいつのとこの」と言っているようで。
 その証拠に。陛下は弓を持ったままの右手、その親指で軽く御身の唇をなぞる。人差し指ほどあからさまではない。しかし、見る者に予めそういう意識がなければ判らないような何気ない仕草でも、それは間違いなく黙っていろというサイン。
 傍目に頷きとは見えぬよう、微かに顎を引いてみせれば、ひとつ瞬いて視線を逸らし、何事も無かったかのように次の曲を奏で始める。
 ああもう限界。
 手近なスツールに腰を落とし、それでも足りず、カウンターに肘をつく。
 今夜だけで、何度、心臓を撫でられるような感覚を味わっただろう。
 そもそも、あの方、ここで何してるんだ。
 ……気晴らし?
 そりゃあまりに御身の立場を弁えない……って。ああ、万が一を心配するのも嘘じゃあないが、こりゃ護る立場での押し付けだよな。俺だってこうしてふらっと外の空気を吸いに出てくるくらいだし。
 俺が兵舎を抜けてきたのは、改めて思い返してやっと意識の端に掛かるかどうかの人疲れから。職種でばっさり区分けされかけたと知って感じたのは、おそらく、人恋しさ。どこにでも転がっている小石のようにささやかな澱だけど、これがあの方の立場であったら、如何ほどのものだろう。そう思いを馳せてみて、まず真っ先に浮かんだものは、石ころどころかグランコクマ宮殿で。……これじゃ共感なんて、軽々しくは言えない、よな。
 それに。常習ってほど頻繁でないにしろ、この馴染みっぷりは最近始めたことじゃない。ひょっとしたら即位前からのこと。
 そして、気になるのは『陛下』が外の状況に詳しいという話。幾ら何でもそれはまず、御身みずから集めた話ではありえない。陛下の手足が運んできたものだろう。それを選り分けて流すこと、そしてその情報の対価として、受け取る情報。それは……っと、やめやめ、それは一兵卒が推量すべきことじゃない。この状況を楽しんでいらっしゃる、けれど遊ぶばかりでもないらしい。そう承知しておく程度が妥当だろう。本当は、こういうとこでやっていると思しき工作も、即位前はともかく今は、人に任せる仕事だとは思うけど。……思うけれど、実はちょいと嬉しくもある。扱う案件の規模や範囲は桁違い、なので烏滸がましいっちゃ烏滸がましいが、机上だけではなく、現場を自分自身の手や目で確かめたい気持ちというのはよく判る。きちんと見てくれていると思えば、働き甲斐もある。
 それにしても、あれだ。随分芝居掛かった手段というか。バイオリンを弾く眼鏡姿の陛下、なんてな。辻音楽師に身を窶した雲上人とか、物語や噂話の中にしか棲息しないものだと思ってた。下に目配りできる良い上官ではある、けれどある意味、天辺しか目に入っていないところもあるあの人のせいで、僭越ながらも話の種の豊かさから何となく親しみを感じるようになってしまっていたものの、それでもやっぱり雲の上の方は雲の上の方。見上げるばかりじゃ切なかろう、そう思っていたけれど。雲から降りることもあるって知ってりゃ……うん、今、俺、何を考えようとした?
 これ以上踏み込むのはなんだかとても危険な気がする。
 いけないと判っていても剥がしたくなる瘡蓋のような思考をカチンと断ち切ったのは、二つのグラスが重なる音色。つと上げかけた、その視界に入ったものは杯と、金褐色の長い指。ふわりと漂う、月桂樹に似た香り。俺の真横、肘が触れそうな距離の気配に、嫌な予感しか致しません。半端な姿勢で硬直し、畜生、息すらままならない。今後、蛇に睨まれた蛙さんとはいいお友達になれそうだ。
「楽にしてくれ。……別に、取って食ったりはしねえよ」
 柔らかに苦笑されても無理は無理。そりゃ俺だって、王宮で、皇帝陛下とその兵士として相見えたなら、たとえサシでもこんな無様は晒しませんよ?
 わさわさと振る尻尾が見えるようなあの人をやれやれと見遣っていただけに自覚はあまり無かったけれど、どうやら俺も根っからの、マルクト臣民だったらしい。この方を、陛下以外として認識しながら接することがこれほど難しいなんて、思いもよらなかった。
 とにもかくにも、横を向いたら終わりな気がする、色々と。
「あいつも昔は、これっくらい可愛気があったのにな」
 この声が俺に示す『あいつ』なんてひとりしか。
 反射で振り仰げば、しまったと思う間もなく、この国を象徴する青の瞳に絡め取られる。晴れ渡った空の色、きらきらと光と遊ぶ海の色。この方の言う『あいつ』が一番好きな青。
「内緒な、ディラック」
 ……ああ、だからお終いなんだって。



「……ディラック?」
「はい。ああ、失礼しました。ええと、何の話でしたっけ」
「……何のって。その、」
 この人にしては珍しい、躊躇うような、歯切れの悪い言葉。
 やはり、どうやら、我らが愛すべき師団長殿は。バイオリンを弾く陛下の姿は知らぬらしい。そういえば、国旗に因むのか、竪琴を嗜むという話は聞いたことがあるけれど。一応、線を引いて演じ分けているということだろうか。
 ……この人の知らない、あの方。一瞬だけ、あの時のあの方の姿をひとつひとつ描写してみせたら、この人はどのような顔をするだろうかと想像する。
「申し訳ありません。話の途中で、書類の内容に意識が飛んでしまったようです」
「そ、そうか。いや、だから」
 何食わぬ顔で一呼吸入れてみれば、果敢に食い下がろうとするも、何かが邪魔しているという様子。
 今、この人が、ぐるぐる何を考えているのか。知りたいような、知りたくないような。ただ、これ以上無闇矢鱈と掻き混ぜて、挙句泥を被るのだけは勘弁。
 なので、右手の親指で、己の口を塞いでみせる。
 ひどく印象的だった、あの楽師に似た仕草で。
「……私の不徳の致すところで、約束の範囲を読み違えたようです。たとえ少将の命令でも、私の口から先の件について申し上げることはできかねます」
 自然と、含みのある笑みが浮かぶ。
 普段なにかと振り回されているのはこちらのほう。折角の機会だ、多少の嫌がらせくらい甘んじて受けていただこう。

「なにぶん、『内緒な』だそうですから」


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【あとがき】
今回はアスラン、死んでいませんよ!
きちんと登場させました!
但し、アスランのアの字もでてきません。……何かの縛りプレイのような気も、多少、しております。
『seventhlap:a_break』のカルカさんから『少将と陛下+少将にほのかな想いを寄せているディラック』というリクエストをいただいて、頑張る方向を見誤ったシロモノですが、お楽しみ……うん、いただけると……いいなあ……。
バイオリン云々はイラストのこれ、竪琴云々はSSのこれあたりと、ちょっと繋がっている感じです。

あ、言わずもがなですけれど。ディラックについては、私の解釈するディラック、ということで。いえね、カルカさんといえば三羽烏を連想される方も多かろうと思いますが、そちらの素敵なディラックさんとは別人なのでね、念の為ね……。
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