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CAST:ジェイド・ピオニー
ジェイド、故郷を離れる前にピオニーに会いに行く の巻

※雪国組幼少期捏造話・御注意!

栴檀と鳳雛

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 どうしようか。このまま帰ってしまおうか。
 あまり覚えたことのない逡巡に苛立ちながら、ジェイドはピオニーの室の窓を見上げた。

 
 ネビリム邸の火災……マルクト兵惨殺事件からケテルブルグに敷かれていた戒厳令は、最近になって漸く解除された。ケテルブルグで1・2を争うこの豪邸の警備も通常のものに戻されたらしく、昨日まで各所に配置されていた見張りもいない。ジェイドは吐息の白さを眺めながら、此処でこれほど躊躇う己の胸の内を訝る。カーティス家の養子となることが決定した今、ピオニーに会うならば、今を措いて他にない。そう、それは判っている。それだというのに。
 いつも適当に抜け出して来るくせに、何故こんなときばかり姿を見せないのか。
 その理由は戒厳令にあるのだと承知の上で、八つ当たりのようにそう思い、腹立ち紛れに雪玉を握る。
 実際、ジェイドは揺れていた。
 ピオニーもネビリム先生の教え子。きちんと話をしておかなければならない相手だ。けれど今、一番会いたくない相手でもある。ネビリム先生が亡くなってから、ピオニーとは一度も顔を合わせていない。だから余計に気が進まない。こんな後ろめたい気持ちんて、知らない。本当に、ピオニーが絡むと調子が狂う。そんな葛藤を溜息で幾らか吐き出し、ジェイドは雪玉を窓めがけて投げつけた。
 ひとつ投げ、暫くおいてもうひとつ投げる。
 すると窓辺に金色が揺れ、更に少し待つと、そこから丈夫なロープ、それも御丁寧に所々滑り止めの為の結び目が付いたものが垂れ下がる。これで後には引けない。ジェイドはもうひとつ溜息をつくと、そのロープに手を掛けた。


「よう、ジェイド」
「ピ……オニー?」
 久しぶりに見たピオニーは、面窶れしているようだった。しかし、それよりも。
「会いに来てくれてよかったよ。抜け出そうにも、これじゃあ、な」
 そう言って、ピオニーは右手を前に突き出す。その動きにつれて、じゃら、と鳴る鎖。
 両手両足、それに首。金属製の枷が填められ、そこから長く……けれど部屋からは一歩も踏み出せない程度に伸びた、鎖。特に首枷の下には包帯が巻かれていて、見るからに痛々しい。
「どうして、誰が! お前にこんな、鎖なんか……!」
 当初の目的は一瞬頭から噴き飛び、ジェイドは我知らず激高した。
「俺のせいだ」
 落ち着いた声に、ジェイドは口を噤む。ピオニーは淡々とした調子を崩さずに言を継いだ。
「聞いたよ、ネビリム先生のこと」
「……っ! どこまで……」
 知って。
「多分、全部」
 声にならない意を酌んで、ピオニーは僅かに笑う。
「ネフリーからぬいぐるみの話を聞いた。火事が起きた後、マルクト兵が殺されたという噂も。それが何を意味するのか、お前やサフィールのような専門知識はなくても類推はできる。だろ?」
「…………」
 ピオニーは大雑把なようでいて、核心を掴むことにかけては、ジェイドの知る誰よりも巧い。そのピオニーが全部というなら、それはほぼ正確なはず。ジェイドは此処に来た理由の半分をくだくだと説明しなくて済むことに安堵しつつ、それはピオニーに対する甘えだとも気付いて苦々しく言葉を飲んだ。
「それを聞いて、居ても立ってもいられなくて。俺様としたことが、街中に厳戒態勢が敷かれてるって意味を忘れてさ、うっかりいつものように抜け出そうとしちまったんだよ。俺がひょこひょこ外に出られたのは、目零しされていただけだってのにな。捕まって、外に出ないようにと、首に枷を付けられて」
 じゃらじゃらと鎖を引きずりながらピオニーは部屋を横切り、寝台の上に腰掛ける。
「それでも何とか外して逃げようとしたところを見つかって。手枷足枷も追加されてさ。俺もこれ全部は難しいかと思っていたところだ」
 喉元を覆う枷にすうっと指を滑らせ。そして何かを思い出したように笑う。
「うちの面々はやっぱり優秀なんだなあ。手枷も足枷もあったのに、最初に首枷を付けるあたり、いい目をしてる。手首や足首のひとつくらいなら切り落とすこともできたけど、流石に首を落としちまったら、お前たちに会いに行けないもんな」
 そうからっと笑うピオニーを、怖い、と。ジェイドは思う。
 他人を怖いと思ったことなどない。強いて言うなら、自分を易々と振り回す目の前の少年ということになるだろうが、このような総毛立つような怖さを感じたのは初めてだ。
 ピオニーがあっさり口にした科白は、冗談などではないだろう。手枷か足枷ひとつなら、言葉通り実行したに違いない。無理矢理外そうとして傷つけたと思しき、首まわりの包帯がその証拠。手首を失ったピオニーの姿が頭をよぎって、背筋が凍る。この御時世、手足を失う兵は少なくない。義手義足など珍しくもない。けれど、なぜか。ピオニーの身体が欠けることを思うと吐き気がする。
 そして、唐突に思い至る。ピオニーは、自分とは違うところが壊れている。或いは、病んでいる。普段それは長所として表に出ているから、気が付きにくいだけで。
 広い視野を持つこと、それでいて目的を見失わないこと、手広く手段を模索すること。そしてそれらを秤に掛ける冷静な判断力に実行力。一般的には好ましい資質だ。……それが、規格内なら。
 ここにきて、ジェイドは先程までとは違った意味で決心が揺らいだ。
 この、ピオニーを。ひとり、此処に残していいのだろうかと。
 まだ、今は『気が付きにくい』程度。でも、このまま歪みが酷くなったとしたら。
 ネビリム先生の件は、自分が考え抜かなければならない。けれど、ピオニーのことは、突き詰めて考えること自体が、怖い。
「で。今日は何で来たんだ? お前のことだ、ただ何となくってことはないんだろ」
「僕はカーティス家の養子になる。そして、この街を出る。前からあった話だけれど、この機会に……そういうことになった」
 ピオニー自身に気を取られていたジェイドは、言い難いと思っていた残りの半分を機械的に口にした。
「ふうん、カーティス。カーティス、ねえ。それで顔見せに来てくれたってわけか」
「……最後だから」
 我に返り身構えたジェイドに、ピオニーは
「そっか。まあ……いいんじゃないか」
 と、あっさり応えた。
「お前の力はさ。傍にネビリム先生やサフィールも居たから、まだしもだったけど。此処じゃやっぱり異端だ。お前と同じくらい力のある奴らが集まっているところ、そして色々な考え方をする人が大勢いるところ。お前が自立するまでは、お前は、そういうところに居た方がいいと、俺は思う」
 それだけ言うと、ピオニーは一呼吸いれた。
 ジェイドが近々、この街を離れる。ならば、機会は今しかない。
 膝の上で指を組み、機先を制するように話を切り出す。
「ネビリム先生のことは、」
 これは勝負だ、と。ピオニーは少しだけ目を細める。
 先生のことは、好きだ。快活な笑顔もきびきびした声も優しい指先も。もう二度とそれらに触れることができないと思うと、心がごっそり削られるようだ。そして、先生が抱えていた夢や可能性や未来。それがこのような形で途切れることは、先生自身、選択に後悔はなくとも無念ではあるだろう。けれど、嘆きも悲しみも怒りも憤りも、ひとまず封印する。この事態を招いた張本人をどす黒い感情のまま詰るのは容易いが、気持ちをきっちり切り替える。今は、先生が愛して庇ったものを守るために、闘う。
「お前が、背負っていかなきゃいけないことだ」
「ああ、判ってる」
「いや、きっと判ってねえ」
 ピオニーは悲しげに笑う。
 返す返す、その場に居合わせられなかったこと、或いは一度目の脱走に失敗したことが悔やまれる。ジェイドが澄ました顔で『判ってる』などと言えるようになる前に、泣きじゃくりながら怒鳴り、一発殴ってでもこいつを揺さぶることができていたら。問答無用な言い掛かりで煽り、こいつ自身も気が付いていない感情を引き摺り出し、吐かせてやれてたなら。
「なあ。俺はさっき、多分全部って言ったけど。この状況が状況、そのほとんどが推量だ。ネビリム先生の家を燃やしたのは、お前かサフィールだろ。俺は十中八九、いや、100のうち99は、お前だと思う。そこで先生は怪我なり中毒なり、何かしらのダメージを受けて、それを見て取ったお前は先生の複製を作った。違うか」
「……違わない」
「そして、失敗した」
「……そうだ」
「それ自体は、俺は仕方ないと思う」
「え」
 思わずというように顔を上げたジェイドに、ピオニーは肩を竦めてみせる。
「どうしても叶えたいことがあって、自分にそれを叶えるだけの力がギリギリあるとしたら。そりゃ、一か八かでも試さずにはいられないだろうさ。簡単に諦めきれるもんじゃない」
 ピオニーは何事かを思案するような半眼で、独り言のように呟く。
「でもさ。俺が気になるのは、サフィールなんだよ」
 思ってもみなかった名前に、ジェイドは眉を顰めた。
「これも想像だけど。先生の複製を作ったとき、傍にサフィールがいたろ」
「ああ」
 肯定しながら、どうして判ったのかとジェイドが僅かに首を傾げれば、ピオニーは「ジェイドの方が先に此処へ来たからさ。もしサフィールが無関係なら、好むと好まざるとジェイドのことで……訳が判らないと泣きつけるのは俺しかいないだろ」と、何でもないことのように言う。
「で、ネフリーはいなかった」
「……ああ」
「それは、どうしてだろうな」
「それは」
 そう言ったまま、ジェイドは言葉に詰まる。思考の取っ掛かりを探すようなジェイドに、ピオニーはやっぱり判っていなかったかと、疼く胸の痛みを押し殺す。
「サフィールの得手は譜業の方だ。前もって準備していたとかならともかく、お前が賭のような譜術を使おうって状況で、サフィールにできることはほとんどない、だろ。単に力仕事の労働力ってことなら、あれほど向かない奴もいない。火事のあった時間と兵士が殺された時間から逆算すると、腕力が欲しいだけなら俺に声が掛かってもよかった筈だ」
「お前は、僕を止めると思った」
「本当に?」
 ピオニーは自分を止めるだろう。なんとなく、そう、なんとなくそのように思ったが、今のピオニーの話からすると。
「判らない」
 そうジェイドが答えれば、ピオニーもうん、と頷く。
「実際は半々、かな。その場に居合わせて状況をこの目で見ないことには何とも言えないけれど。ネフリーはきっと止めたよな。ぬいぐるみのことも、それが複製で、本物とは別だって判っていて……怖がっていたもんな」
 でも、と続けるピオニーの声は固い。
「サフィールは。あいつは譬え何があろうと、お前を止めたりしないな。そんな奴を、お前は巻き込んだ」
「あいつはただ、そこにいただけだ」
「違うな。追い払うことだってできたはずだ。いつものお前ならそうしたんじゃないか? お前は未完成の不格好な譜術を人前で使うの、嫌いだろ。奴は奴の好きで巻き込まれたのかもしれないけれど、お前は、お前のことを全肯定する奴を傍に置いた。それは何故だろうな?」
「……言っていることが判らない」
 いや、本当は、あと数歩踏み出せば、判るような気もする。揺れるからこそ尖るジェイドを、ピオニーはさらっといなした。
「そうかもな。じゃあ、俺がお前を『止めない』理由はともかく、先生の……人の複製を作ることを『止める』理由も判らないだろ」
 判らないことがある状態を、ジェイドは嫌う。それを見越して、ピオニーは言葉の罠を張る。
「零れたミルクは取り返しがつかない。だから皆、零さないように気をつける。そして、たとえ元に戻せたとしても、どんなに注意しても、その掻き集めたものは零れる前のミルクじゃあないんだ。話を聞く限りミルクの成分としてもそうみたいだし、そうと知る人の意識の方だってそうだ。一度零れたミルクだと承知した上で、それを飲み込める奴なんて、事態がよく判っていないか、並はずれて鷹揚か、余程餓えているか……或いは自分ではなく人に飲ませるつもりでいるのか」
 掌の上に顎を乗せ。頬に人差し指でとん、とん、と、ゆっくりしたリズムを刻む。
「そもそも、零れたミルクを元に戻せる、ってさ。夢のようだよな。根底にあるのが後悔だから、余計に甘美だ。でも、それは凄え危険なことだと思う。倫理とか感情とか、世の中の『お約束』が暴走する勢いで一気に塗り変わるくらいにな。その一方でその零れたミルクのほとんどは、やっぱり零れてしまったものだから……きっと、本来のミルクとは違った使われ方をする」
「たとえ話はいい。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「うん、そうだな。俺もこんな話し方は好きじゃない。けれど、これはお前自身が気が付かなきゃ、ことによると痛い目にあってでも掴み取らなきゃ意味がないんだ」
 そう、百万の言葉を尽くしても、本人が実感できないようでは仕方ないのだ。
 青い瞳が、真っ直ぐジェイドに向けられる。
「だから、お前は、外に出た方がいい。いろんなものを見て、たくさんの人に会って。そして……」
 決然とした口調は、途中で力を失った。一瞬だけ俯いて、ピオニーは無理矢理笑顔を作る。
「本当はさ。それを俺が、見せてやりたかったよ」
「……それは無理だ」
 ばっさり斬り捨てるジェイドの言葉は流石に痛い。しかし、それは事実だ。
「だな」
 耳障りな音を立てる枷の鎖と自嘲を含む声音に、ジェイドは拳をきつく握る。いつだって自分は言葉も思慮も足りない。
 ピオニーは奔放で、どうということのない些細なことが一々楽しそうで。だから自分は、軟禁されるということが実際どういうことなのか、判っていなかった。雁字搦めの戒めが視覚化されて、やっとピオニーの置かれている状況を理解した。このピオニーの姿に強い憤りを覚えたのは、己がいかに不明であるかを思い知らされたから、でもある。
 けれどそれでもピオニーは。鎖で縛られてなお、広い世界の風を纏っているかのようで。
「違う。もう、見せてもらった」
 どこにどれだけの人がいようと、興味が持てなければ同じこと。他人にも己にも関心が薄かった自分を引っ張り回して、人間もなかなか面白いと思わせてくれたのは、新しい世界を見せてくれたのは、この青空の瞳の持ち主に他ならない。
「だから僕は行く」
 ピオニーの言葉はもどかしく、不快ですらある。それは、自分が深く考えたくないところを突いているからこそ不快なのだと、ジェイドは気付いていた。今まで、不快なら無視してしまえばいい、そう思っていた。けれど、ネビリム先生のことを背負う今、そこから逃げてはならない。
「そして……」
 ピオニーに対して感じた危機感。ひとりにして大丈夫なのかと、そう思ったこと。
 ひとりにして大丈夫ではない、ならば、ひとりにしなければいい。
「今度は僕が、お前に外を見せてやる」
 そう、真っ向から射抜くようなジェイドの言葉に、ピオニーは息を呑んだ。
「ちょっと待て、ジェイド」
 珍しく、ピオニーは慌てる。
 ピオニー自身の立ち位置、ジェイドの能力、カーティス家の勢力範囲。そういった情報がめまぐるしく頭の中を駆け巡り、この場のノリからクーデターの可能性まで、あらゆる状況がシミュレートされていく。膨大な演算に酩酊を覚えて、ピオニーは額に手を当て、ひとつ頭を軽く振る。
「それはどういう……?」
 どうにかそれだけ問えば、ジェイドは少し考える素振りをしてから、口を開いた。
「此処に……今のように、会いに来る。養子になることが前提だから、ちょくちょくとはいかないけれど、行動のすべてを規制されるわけでもないし。手紙とかも、ネフリーを経由すれば問題ないだろ」
 ジェイドの言葉は、純粋に友達としての言葉だ。それに思い至り、友達甲斐がないのは俺の方かとピオニーは失笑する。ジェイドは、ジェイドの生きやすい環境を手に入れたら、もう此処には戻ってこないだろうと思っていた。一角鯨を金魚鉢で飼うのは難しい。だからジェイドは巣立つべきだ。一角鯨のためにも、金魚鉢のためにも……と、そう考えていた。
 ピオニーは、自分自身を、可能だと判断したらどこまでも食い下がる性質だと思っている。その半面、不可能だと判断したときは、気持ちを切り替え次善を模索し折り合いをつける。今の場合もそうだ。ジェイドがこの街を出ていけば、いずれはサフィールもその後を追うだろう。寂しくなるが、二人にとってはその方が良い。俺は自分の都合で駄々を捏ねるより、気持ちよく送り出してやらなければならない。その結果、二人には二度と会えなくても。この街を出ていくと言うジェイドに「まあいいんじゃねえか」と答えた時点で、自分は、今生の別れまで覚悟していた。ジェイドが会いに来てくれることを、ジェイドからの好意を、最初っから度外視した自分の方が、口では情れないことを言うジェイドより余程冷淡な人間だと思う。
「ありがとう」
 そう言って手を取れば、しっかりと握り返される手応え。
 そうだ、ジェイドはそんな奴だ。自分から手を伸ばすのは、ごく限られた興味の対象のみ。ただこれで、意外と付き合い自体は悪くない。お互いに等しい力で繋がれた、手。こうして会える最後の機会だと思ったから、言葉だけでも、できる限りのことを伝えたかった。考える糸口を掴ませてやりたかった。でも、まだ猶予はあるらしい。ネビリム先生、俺は、ジェイドを繋ぎ止められるだろうか。繋ぎ止められる存在になれるだろうか。ジェイドの才能は、鳥の翼のようなもの。鳥が空を飛ぶように、ジェイドはその力を揮うだろう。天高く舞う鳥が、己の位置を見失わないような目印に……ときにはその翼を休められるような、大きい樹に俺はなりたい。
 ピオニーは、握った手を更に左手でくるむと、そのままそっと己の額に押しあてた。祈りにも似た、どこか敬虔なその仕草にジェイドは声を失う。どうしてこいつはこういつも、予想外のことを。ピオニーも先生を慕っていたのは知っている。いっそ怒るなり誹るなりしてくれたほうが判りやすい。突き放されたなら、こちらから見切りをつけることも容易いのに。そう思う一方でぼんやりと、指先に触れる柔らかい光のような髪や、その髪と同じ色の睫毛の長さに首を傾げる。
「またな」
 その囁きとともにゆっくりと目が明き、ジェイドは妙に納得する。
 いつも視線は、睫毛よりもこの瞳に惹きつけられていたのだと。
「そう挨拶できることが、とても嬉しい」
 その、痛みを堪えるような微笑みに、ふと思う。
 ネビリム先生の複製を作ったとき。そのときの自分は、酷く冷静だった。ジェイドはそう自覚している。しかし一方で、先生の複製を作ることしか考えられなかったこと自体、我を見失って混乱していた証なのだろうとも思う。
 たとえば、そう。もし自分がネビリム先生と同じように、ピオニーを傷つけてしまったら、自分はどうするだろうか。今の技術では、この手の温もりや笑顔は取り戻せない。でも、この瞳の色だけは再現できる。
 得体の知れない寒気を、震えそうになる指先を、気取られぬように。ジェイドは手を振り解き、不貞腐れた様子を作って横を向く。その寒気の正体が、背徳と狂気の悦楽だと今はまだ気が付かぬまま。
「……変な奴」
「お前が言ったんだぞ、最後だからって」
 そう言うピオニーの調子は、今までの会話の重さが嘘に思えるくらい普段通りで。ジェイドはそれに安堵する。
「言ったか?」
「言ったぞ」
「じゃあそれは、バルフォアとして最後、の最後だ」
 ジェイドがそう言葉遊びで前言を覆すと、
「ああジェイドは酷いなあ、そうやって俺の心を玩んで」
 ピオニーも殊更大仰に混ぜっ返す。
 いつも通りの、会話。多分、これが最後の。
 一度別れた道がまた交差するところで、今とは違う関係を築けるかもしれないけれど。
「言ってろ」
 ぶっきらぼうなジェイドの言葉に、ピオニーの瞳が面白そうに輝く。
「次会うときまで?」
 ピオニーの、こういうところが苦手で、そして嫌いではなかった。
「……そうだな」
 諦めたような呟きに、ピオニーはくすくすと笑う。
「やっぱり酷い」
 その言葉とは裏腹に、ピオニーの笑みは一層深いものとなる。ジェイドはその花が綻ぶような笑顔に、己が此処に来たくなかった理由の一端を垣間見た。先生を手に掛けたも同然の自分。そんな自分に、ピオニーはもう、こういうふうには笑ってくれないと、そう思っていた。本当にこいつは、己の理解も……所謂社会の常識も越えて、とんでもなく規格外。
「じゃ。またな、酷いジェイド。元気で」
「ああ、また。変なピオニー、お前も」
 絡んだ赤と青の視線は、戯れる友達のものでありながら、刃物の鋭さをも含んでいた。


 ジェイドの姿が窓の外に消えると、持てる力を使い果たしたピオニーは、ぱったりと寝台に伏した。
 やはり体力は資本。奴と渡り合う気があるなら、気鬱で寝食を疎かにするなど愚の骨頂だ。無理にでも、きちんと食べて、寝て。万全の体勢で迎え撃たねばならない。
 一方ジェイドは、伝い降りたロープを握りしめたまま、この場を去りがたい気分を持て余した。
 やはり気力を養わなければ。枷と鎖で身動きの取れない相手の視線を受けとめるだけで精一杯なんて、情けないにも程がある。
 片や瞼の裏に相手の姿を映しながら、片や高い窓辺に相手の姿を求めながら、思う。
 ああ、自分をこれほどまで搦め取る相手が現れるなんて、思ってもみなかった。喜びとも哀しみともつかない気持ちが溢れて、壊れてしまいそうだ。
 なにはともあれ、『今度』を取り付けたのは上出来。次は負けない。
 それでも、やっぱり。
 くやしいくるしいつらいせつない。
「……馬鹿野郎」
 期せずして、二人、同じ言葉を呟いた。


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【あとがき】
グランコクマに舞い戻ったピオニーがジェイドと劇的な再会を果たす、というのも非常に燃える展開だと思いますが、ジェイドがケテルブルグにいるピオニーにこっそり会いに戻っていてもいいかもしれない、と思ったのですー。で、数年後、ジェイドの後を追っかけていったサフィールが昔話としてピオニーを話題に出したら、先月お会いしたときはお元気でしたよ相変わらず人懐こい方で……とかなんとかさらっと返されて、今も会ってるの聞いてないよがーん、みたいな。……頭悪そう(←私が)。
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