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CAST:グレン・ピオニー
グレン、ピオニー殿下に仕える の巻

※話の水面下で暴力表現に抵触しそうな事態が進行しています

カタリスト・カタパルト

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 美しいな。
 些か皮肉混じりにそう思う。
 
 グランコクマ宮殿の夜には、昼とはまた違った趣がある。
 ルナの光がやわやわと青い闇を包み、要所に配された音素灯と縦横に張り巡らされた水路が地上の星の如くちらちらと瞬く。そこに浮かび上がるのは、すらりと荘厳な直線と、柔らかく優美な曲線で構成された白亜の宮。幾種類もの水流が奏でる旋律、何処からともなく聞こえてくる竪琴の音色。水の上を吹き抜けてくる微風は花の香を含み、さらりと肌を撫でる。
 磨かれた靴の踵が刻むリズム、蝶のようにひらひらと翻る扇、もの憂げに甘く燻る紫煙、貴婦人の爪を華やかに彩る艶、デコルテの誘惑と置き忘れた白手袋、密やかな忍び笑い……そういうものがよく似合う、譜術と研ぎ澄まされた美意識が作り上げた、夢の都。
 まさに絢爛にして幽玄という風情だが、そこに熟れた果実の腐臭を感じてならないのは、今……文字通り我が身に負った問題の所為でもあるだろう。

 軍で一般的に使われている帆布で包んだ荷。それを肩に担ぎ、深夜の宮殿を歩く。
 左手には、肩の荷と同質の麻袋。
「失礼ですが、どちらまで」
 そう警邏の兵に呼び掛けられ、おとなしく立ち止まる。
 声を掛けてきた兵の視線は私の顔に。その相方は、肩の線に。表情を見れば、後者はともかく、前者は私の顔を知っているようだ。ならば話は早い。
「ピオニー殿下の私室まで。姓名と階級も正確に申告した方がいいかな?」
 士官としては軽い調子でそう訊ねれば、
「はい、いいえ。その必要はありません。お通り下さい」
 案の定、心得顔で道をあけた。
「あの。荷をお運びしましょうか」
 顔を知らずとも士官が大荷を抱えていれば、一兵卒として気を遣わざるを得ないというのは判る。判るがそれを頼むわけにはいかない。つい浮かべた苦笑は、満更演技でもない。
「有り難い。と言いたいところだが、私を名指しした上で持ってくるようにということだからな。残念だが遠慮しておこう」
 肩を竦める代わりに左手に持った袋を軽く掲げれば、カチャリと金属の触れあう音。軍人である彼らには、二振り以上の剣が入っているのだと想像がつくことだろう。果たして、二人の視線はさりげなく袋に集中した。形状は視認できず、けれどまず間違いなく武器。目撃者の意識を分散させるには効果的な小物だ。
 見送る敬礼に指先で応え、回廊を曲がる。すると、今の方は、知らないのかほらあのマクガヴァン家の総領、そういえばピオニー殿下の身辺警護の任に就いたとかっていう……そんな会話が聞こえてきた。更に、そうそして俺は何度かああいった大荷物を抱えてるところを見かけたがそのなんだうっかりお持ちしましょうなんざ言えねえよ中身はきっと知らない方がいいだろう、ああ触らぬナントカに祟りなしですか。そういう、やりとりも。
 勿論、声は抑えられている。しかし、充分とは言えない。夜の宮殿は思った以上に音が伝わる。私は、彼ら以上に気をつけねばなるまい。
 いっそのこと気配や足音を消してしまえば気は楽なのだが、極力いつも通りに。……このようなとき、訓練された軍人としての所作というのは、なかなかに便利だ。
 便利、か。
 薄く口許に笑みを刷く。
 しかし一瞬の後、意識的に表情を消す。
 荒んだ微笑。それを自覚するのは、あまり気持ちのいいものでは、ない。

 
 殿下の私室の前で、一旦立ち止まる。
 ノック。数瞬おいて、失礼しますと声を掛ける。返事がないのはもとより承知、万が一誰かに見咎められたときのための予防線に過ぎない。
 前もってお預かりしていた鍵を使い、扉を潜り。荷袋を置き、内鍵をかける。
 さあっと視線を走らせ、異常がないことを確認しながら床に積まれた書籍を避けつつ室を横切り、寝台の上に担いでいた麻布を細心の注意で横たえる。
 その途端、思わず漏れる、深い溜息。力の抜けた肩に、我が身に掛かっていたものの質量以上の重さを思い知る。本来、布にくるんで担ぐなど、あってはならないことなのだ。しかしそれ以上に、この中身が人であることを余人に知られてはならない……だからこその荷扱いなのだが。
 括った紐を幾つか解き、布を捲れば、そこから零れる金の髪。
 抱えた手や肩に伝わる感覚、それらから予想していた通り、意識はまだお戻りではないらしい。
 当の殿下御自身から大丈夫だと聞かされていても、首に全く力が入らず……ぐったりしているさまというのは心臓に悪い。枕を敷き、ひとまず頭部を安定させてから残りを繙こうとして……手が止まる。
 金褐色の肌、その首……頸動脈の上に浮いた痕。
 見てはいけないものを見てしまったような疚しさに視線を逸らしかけ、いけないと己を戒める。今、此処にこうしている私は、見て見ぬ振りをしてはならない。場合によっては手当の必要もある。
 これは、そう、一種の戦傷なのだから。
 権謀術数が渦巻く宮廷で繰り広げられる、剣と譜術によるものではない闘争。暴戻を貴族趣味で粉塗した、虚飾の鍔迫り合い。マクガヴァンの名に守られるばかりではないと自負しているが、それでもこれは……伝聞でしか知らなかった世界。
 私は軍人だ。若輩とはいえ、戦場を知らぬわけではない。戦闘による興奮高揚、朋輩の亡骸を前にした自棄。そういうものが引き起こす衝動が……どういうものであるのかということも。
 ……その類と、結果的な状況は似通っている。けれど根本が決定的に違う。抑えがたい欲求に突き動かされるような……ある種の素朴さとは無縁の、歪んだ、しかし高度に発達した知性と技術の為せる、業。完全な作為によって行われるそれは、効果的に心を抉る。外傷だけなら、まだ処置のしようがあるものを。
 正直、この皇子にこういう……生々しい陰謀の渦中というのは、相応しい場所ではないと思う。けれど、この方は心を削ることを厭わない。むしろ、我が身ひとつで済むなら安いと、そう思っていらっしゃる節さえある。
 しかし、そういう世界に身を置いておきながら、この方からは不思議なほど権力志向の匂いがしない。それは多分、この方にとって、権力とは手段であって目的ではないからだ。一国……世界を動かす、絶大な権力。その万能の力に目が眩んでいるわけではなくて、確固たる目的があり、そのために戦っていらっしゃるからだ。おそらくは、権力など手に入れずとも、ひとりの男として幸せに生きていくこともできる方が。
 この方自身、すべて承知で……覚悟の上で臨む戦事。
 なればこそ、お止め下さい、などと。言えるわけがない。
 けれど、無性に、遣り場のない憤りが込み上げる。
 怒鳴りたいような衝動、それを奥歯をぎりりと噛んでやりすごす。己が直に受ける苦痛なら、まだ耐える術もあるのだが……人の痛みは忖度するしかないだけに、どうしようもなくじりじりと身を焼く。
「……もう少し、御身を大事になさいませ」
 呟きは聞き手を持たず、暗がりへと溶ける。
 この方は、戦い方を御存知だ。状況の見極めが確かで、一見無茶をしているようでも……それでもそれはこの方の処理能力の範疇、帳尻はきっちり合わせていらっしゃる。私が下手に口を挟むべきではないということも、重々承知。
 しかし、とにかく嫌なのだ。この方が、このように傷つけられるということが。
 この気持ちは、そう、同期の女友達が、前線に赴任したと聞かされたときの気持ちに似ている。
 女性だからと侮るわけではない。知略も武勇も人望も兼ね備えた優秀な将校であるということも知っている。前線には立つななどと言えば、かの女傑は、私を侮辱する気かと怒るだろう。実際、貴様と肩を並べるのがこの私では不服かと詰め寄られたこともある。意思と能力と勝算……それが揃っていることは、頭では理解している。けれど、どうしても嫌なのだ。傷ついて欲しくない。そのように思うこと自体が、却って相手の矜持を傷つけることもあると、それも……判っている。そう、この気持ちは優しさでもなんでもなく、単なる私のエゴに過ぎない。
 殿下は、そんな私の葛藤と……その葛藤を努めて飲み込もうとしていることを、見透かしておられる。
 そしてそれ故に、私は選ばれた。
 軍人として、将校として。ある程度は心得ているものの、私はそれほど腹芸が得意というわけでもない。その私がここにこうしているのは、たとえ殿下の身の安全を犠牲にしても殿下の意志を優先させる、その方針に従う姿勢を買われてのことだ。ならば、その期待には応えねばなるまい。身の裡に、どれほどの鬱屈を抱えようとも。
 この先……殿下の足場が確立したのち、殿下の意志を無視してでも御身を守る必要も出てこようが……その役割は、私以外の誰かが担うことになるのだろう。そう、それはたとえば、あの……

 遣る瀬のない物思いを、瞬きひとつで区切る。
 人の形が表に顕れぬように細工していた麻布を全て解いて取り去り、柔らかな上掛けでその身を覆う。こうしてみるとただ眠っているだけのようだが、担ぎ上げてからここまで、ちらりとでも意識を取り戻された様子はなかった。……幼少の砌から難しい立場にあった方だ。経験から培われたものだろう、この方は平生、人の気配におそろしく聡い。その方が、こうも無防備な姿を見せる、など。舌打ちを辛うじて堪える。これは……かなり強い薬が使われたに違いない。
 頬に影を落とす髪。それ自体は月光で織り上げた極上の紗のようではあるが、それが乱れるさまは暴力に晒された名残のようで痛々しい。せめて梳って差し上げようと、手袋を外し指を伸ばそうとして思い留まり……その手を己の首筋に当てる。
 ひいやりとした指を温めながら、つくづく綺麗な貌だと思う。大らかな仕草、強い光を宿す瞳、時に不敵で時に人懐こい陽性の笑顔……その印象から、美貌と言うより美丈夫と言う方がしっくりくる方だが、こうしてみると顔立ちとしてはむしろ繊細である。この方の印象を決定しているのは気質……そう、この方の魅力は主に内面にあると、自分は思う。煌めく光輝は内側から溢れるものだ、と。しかし……この方の容姿がこれほど端麗でなければ、また話は違っただろうか。

 この方の、このような姿を知る者は、極めて少ない。
 そう、殿下の幼馴染みであるという、赤眼の譜術使いも知らぬはず。
 どう転んでも外聞のいい話ではなし、殿下自身が巧妙に立ち回っているということもあって……被害者である殿下と加害者を除けば、実情を詳らかに知るのはおそらく、私ひとり。
 
 私はこの方に殺されるだろう。
 この姿を知るが故に。

 ふと、そんなことを思う。
 けれど、不思議と感情に揺れはない。
 むしろ裏面を知る私が用済みとなる、その日が来るのは喜ばしいことのように思う。今は私の肩に身を預けざるを得ない方が、この肩を蹴って高みへと翔け上がる……それを思うと胸が躍る心地さえする。

 この方は、情に流されず、必要だと判じれば断行できる方だ。しかし流されない一方で、情に厚い方でもある。臣の最期に、涙のひとつも添えて下さるだろう。それだけでいい。それで私は、充分に報われる。親不孝ではあるけれど、父……いや、元帥は判って下さるだろう。
 職業軍人とは、突き詰めれば、国家に殉ずるもの。
 己の命、それがこれぞと見込んだ方のために間違いなく使われるなど、冥利に尽きるというものだ。

 光が、人の形をして舞い降りた。そのように思った出会いからこちら、この方が玉座を継がれるのだと、信仰にも似た思いで見つめていた。この方こそ、マルクトを遍く照らす光だと。
 そしてこうして、傍に控えて……この方の思想や行動に触れて。郷里の象徴でもある、ソイルの樹を連想した。葉を茂らせ空気を浄化し土を豊ませて動物はその梢や根元に憩う……そのような、善き世界の秩序を担う方。主と戴くに誇らしい方だ。
 また、天を支えるかの如く聳える巨木は、一見、健やかに均整がとれて見える。けれどそれは、樹のあまりの大きさに、些末が見え難いだけのこと。近寄ってみると、部分的にはひどく歪であったり、大きな虚を抱えていたり。これでよく倒れないと、寒気を覚えることもある。この方にもそういうところがあり……その危うさを目の当たりにするにつけ、陰日向なく力になって差し上げたいと、心からそう思う。だから。

 この方が持てる力を余すことなく揮うようになったとき。
 おそらく私は……、お仕えできないのは非常に残念だが。

「……失礼」
 低く囁き、充分に体温の移った指先で前髪を梳く。
 これは、この方のためというより、私の感傷がさせること。
 己を満たすための行為で、この方の休息を妨げぬように。
 能う限り、そっと。梳いた髪を横に流す。
 顕わになった貌。今はそこに、苦痛の影はみられない。
 髪に触れる間、詰めていた息を吐けば、そこに混ざる安堵と危惧。
 ひとまず今宵は乗り切った。しかし、綱渡りの渡り合いは尚も続く。
 如何せん、この方の征く道は、果てなく長い。

「御身、どうか……大切になさって下さい」

 なめらかな髪。微かな吐息。肌の、温度。
 握り締めた手に残る確かな現実と、この方に命を捧げる予感を抱きながら。
 できることがある限り……望まれる限り傍にいようと思う。

 そう。今は……まだ。道の、途中なのだから。


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【あとがき】
たとえばそれこそジェイドのような癖のある人間が裏面を知っているというのは王道だと思いますが、うちは敢えてグレンで。暗闇に惹かれる気持ちを理解しないわけでもないけれど根本的に好まず馴染まず、生真面目で実直、実務的には優秀でも立ち回りはどちらかというと不器用、そんな人間が、秘密は墓まで持っていく覚悟でただひたすら沈黙を守って仕えるというのは禁欲的で色っぽいと……思うの……ですが……。
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