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CAST:老マクガヴァン・ピオニー
元帥、陛下に剣を献上する の巻

『盤上の駒』を先にお読み下さい
『カタリスト・カタパルト』とも繋がっています

盤外の駒

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「こうやってグランコクマの宮殿で、軍服姿のじーさんと遊戯盤を挟むのも最後か」
 つい先日、至高の玉座に辿り着いた皇帝陛下はそうしみじみと呟いた。
「淋しくなるな」
 盤上の白のポーンを摘み上げ、手持ち無沙汰を埋めるように掌で転がす。
「いや、むしろ今まで此処にいてくれた……俺が即位するまで退役を思い留まってくれていたことに感謝しなきゃならねえんだろうが、な……っと」
「口煩い年寄りが減り、清々されることじゃろうて」
 ポーンに黒のビショップが取り上げられるさまを論いながら、そう返す。
「その代わり……というわけでもありませんがの。守り刀を一振り、用意し申した」
 なんだかんだと言いながら、この殿下、いやさ陛下に肩入れするのは楽しかった。仰ぎ見る覇者の背丈が己よりも低かった頃を知るだけに、感慨もひとしおだ。
 しかし、いや、だからこそ。最後の最後で湿っぽいのは御免被る。
 故に、献上せんと持参した一振りの剣は遑際にお渡しして、その流れでさりげなく立ち去ろうと思っていたのだが、話の方向が其方を向いてしまったのだから仕方ない。
「我が家に伝わる聖剣・ロストセレスティにございます。お納め下され」
 席を立ち恭しく捧げれば、彼の君も、『興味を惹かれた』とも『そう気を遣わずとも』とも、どちらとも取れる微笑を浮かべて立ち上がり、どこか芝居掛かった挙措でお受け取り下さった。
「失われた空、いや、蒼天墜つ、かな。守り刀としては物騒な銘だ」
「なに。御身には物騒なくらいで丁度、ではありませんかの」
 口の減らないじーさんだ。さもそう言いたげにひとつ肩を竦め、陛下は剣を鞘から握り拳二つ分ほど引き抜いた。
「……変わった、剣だな?」
 戸惑いを含むその科白に、口の端が緩む。
 趣味とはいえ、相変わらず大した目利きだ。
「お気に召していただけるかと」
 この剣は、ただ揮う分には並の上という程度の武器である。しかし、それだけではない凄味が備わった剣でもある。世の名品の中には『使い手を選ぶ剣』と謳われるものもあるが……この剣は、我が家に伝わるもう一本の槍とともに、文字通り使い手によって威力を変えると、そう言い継がれている剣だ。
「ああ、気に入った。遠慮なくいただこう」
 そう言うと音もなく刀身を鞘に納め、卓の左手側に立てかけた。
「ところで。先を越されちまったが、俺からもじーさんに何か贈ろうかと思っててな」
 椅子に腰を落ち着け、再び遊戯盤に向かったところで、陛下はそう切り出した。
「はて。既にいただきましたが」
 首を傾げれば、ひらひらと振られる手。
「そりゃ、国から元帥にだろ。そうじゃなくて、俺からじーさんに」
 黒のポーンを目で追いながら、独り言めいてぼやく。
「ってもなあ。俺が個人として、俺自身の謝意を示す贈り物って難しいんだよな。何を贈っても、それこそこの、飲みさしのカップを贈っても、恩賜のってな余計な枕詞がついちまう」
 褐色の指が、ティーカップの縁を弾く。澄んだ音を立てる磁器。名工の手によって薄く焼かれた逸品は、まあ、値打ち物ではあるのだが。
「ということで。いや、いっそのこと、かな。ブウサギを一匹、贈ろう」
「と、申しますと……ひょっとして」
 陛下が現在飼っておられるブウサギは6匹。ジェイド、アスラン、サフィール、ネフリー、ゲルダ、そして……。
「そう、あいつ。俺が手塩に掛けたんじゃなくっちゃあ意味がねえし、かといって他のブウサギをやるには差し障りがある。でもま、あいつをじーさんのとこに贈るなら問題ないだろ」
 言わんとするところは判らぬでもない。しかし、いきなりという感がなきにしもあらず。
「さあて、折角頂戴しても、ブウサギは飼ったことがありませせんからの」
「だからさ。初めての試行錯誤っちゃ楽しいもんだ。ボケ防止にゃぴったりだろ。それに」
 かつり、と。白のナイトが盤上に蹄鉄を響かせる。
「世話役も付ける。肩書きは、そう、セントビナーの軍基地司令官」
 誰を、とは言わない。それが答。
 新品将校の時分ならいざ知らず。今の己に息を呑ませる……そんな芸当を意図的にやってのけるのは、ゼーゼマンの奴とこの方くらいのものだ。
「……さて、それを何処まで額面通りにとりましょうや」
「今まで、あいつには本当に世話になった。ずっと借りっぱなしだったが、一旦、じーさんに返す」
「本当に、返していただけるのですかな?」
 我知らず止まっていた手。内心の舌打ちを何喰わぬ顔で繕いながら、黒のルークを動かす。
「じーさん。奴から何か聞いてるか?」
 ゆったりと、楽しげな調子ですらある、柔らかな声音。肘掛けに頬杖をついた、気怠げとも悠然ともとれる姿勢。だというのに、白刃を突きつけられたような緊張を覚える。先程渡した聖剣に視線が吸い寄せられそうになり、意識的にゆっくりと目を閉じることでそれを防ぐ。
「……いえ。これといったことは、なにも」
 閉じたときと同じ早さで目を開けば、つい裏を読み合う職業病を相憐れむような微苦笑。
「だったら……もしじーさーんが何か聞いていたとしても、そう答える限り、心配は杞憂だ」
 そう言いながらひょいと身を起こして佇まいを改め、膝の上で指を組む。
「ま、杞憂は杞憂として、だ。あいつは俺の傍にいたし、勲功・実績自体は新しい肩書きに位負けしやしねえんだが、それこそ俺が、ちょっと変則的な使い方をしちまったからなあ。どんな事態にも真っ向から対処できる正当派の司令官として3年……いや、5年10年後のマルクトを支えられるよう、仕込んでくれ」
 正統。今まで息子は国家よりもこの方自身に重きを置く立場にあった。しかしこの正統という言葉には、微妙な綾で、優先順位の変更が織り込まれている。しかも御身ではなく、マルクトを支える、とは。随分と含みのある。
 3年後というと、この方は36歳か。特に何か切りがいいというわけでもなさそうだ。しかし言いかけてやめた3年という期間に意味がないとは思えない。それまでになんとかしろ、ということだろう。
 先見に長けた方が、玉座で見るもの。具体的なところまでは判じかねるが、物騒な話であることに間違いはない。
 息子が、この方を主と見定めた。その時から、息子は我が許には戻らぬものと、そう思ってきた。その命が、この方の即位まであるかどうかも怪しいとさえ。この『物騒な話』がどのような事態であるのか、今はまだ見えないが、この方はどうやら、息子を生かして使うことにしたらしい。
 ならば自分はマルクトの民として……親として、諾なうしかあるまい。
「……人使いの荒いことじゃ」
 血臭漂う軍務から離れ、前々からの懸案だったセントビナー付近……ソイルの樹を中心とした生態系の調査に着手しようと思っていたのだが。淋しくなるなどと可愛いことを言いながら、すんなり引退させてはくれぬらしい。そう嘆息すれば、頼んだぞと笑いなさる。そしてその流れで、いやでも引き摺りまわしておいて言うのもなんだが、奴の性格的にも能力的にも常道の方が向いてるはずだし、ブウサギより手間は掛からんと思うぞなどと暢気に宣うものだから、やはり……嘆息するしかない。
「あ、そうだ。そのブウサギだがな。俺は俺の権限を笠に押し通したが、無用の波風が立ちそうなら名前を付け替えて構わないからな」
 手中のポーンを親指の腹で撫でながら、若き皇帝は口の端を吊り上げる。
「俺のグレン、可愛がってやってくれ」

 チェックメイト。
 そう聞こえたのは、あながち気のせいではあるまい。


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【あとがき】
で、『一寸一服』に続くよーな。
因みにこの時点で、陛下は惑星預言を知っているという前提です。
陛下がグレンをどうするつもりだったか、突き詰めると恐ろしいことになりそうで、具体的に考えてはいないのですけれど、惑星預言を聞いたならこういうことになるかなあ、と。預言通りなら己の命はあと3・4年、それに唯々諾々と従う気は更々ないが、もし成就してしまったときのための手はなるべく打っておきたい、とかなんとか。
や。陛下に「俺のグレン」と言わせてみたかっただけとか、そそそそんな。
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