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【side:A】
(……あの方が、ピオニー様)
極寒の地に幽閉されていた悲劇の皇子……ピオニー様に初めてお会いしたとき、自分はその場に居並ぶ軍人のなかのひとりだった。
初めてお目にかかる方、しかも帝都グランコクマに十年ほど不在であった方であるにも関わらず、仄かな懐かしさと感慨が胸に沸き上がるのは、偏に、今は亡き父の所為。
父は、子供である自分の目にも穏やかな好人物であった。ただ、穏やかな好人物であるが故に、ある程度の付き合いがなければ判らなかったろうが、なかなか人の選り好みが厳しい人でもあった。親しく好ましい者には心からの笑顔を、それ以外の者には適切な距離を保った微笑を向けるような……端正で誠実な佇まいからは窺い難くも、ある意味狷介な人であった。
その、父が。
密かに、けれど忘れることなく気に掛けていた皇子が、あのピオニー様。
軍人としての立場があった父は、微妙な立ち位置にいる皇位継承権保持者のことを声高に語ることは慎んでいた。しかし、実の息子であるこの自分は数少ない例外だった。ピオニー様はこういう方、そしてこういうことがあったと……ピオニー様が中央から遠ざけられた憤りを微かに滲ませながら、それでも幸せそうな声音で語っていたように思う。
もの柔らかで、それでいて強固な壁を築いていた父。その父が珍しく、掛け値なしに気に入っていた人物。しかも親交があったのはその人物が十歳かそこらの子供であった頃。どうやら胸のすくような悪戯小僧でもあったピオニー様の話を聞く度に、このような兄がいたらさぞ楽しかったろうという気持ちと……我ながら認め難いことではあるが、父の関心を引いたピオニー様に対して、理不尽な嫉妬を覚えていた。
その、ピオニー様が。今、目の前に。
黄色でもなく黄金でもない、光を梳いた髪。海の底から空を仰いだような、青の瞳。黙って立てば生きた至宝だと楽しげに笑いながら、黙って立つだけではないところに真価があるのだと言外に告げていた父。その色は確かに父の言葉通りだと思う。父は、ぱっと見た目は女の子のようだとも言っていたが、かの君に少女めいた線の細さはない。上背などは自分よりもあって、むしろ自分が抱いていた兄のような印象に近い。
……ピオニー様にとって、自分はその他大勢のひとりだという、その自覚はある。だからこそ遠慮なく、その御姿を視線で追っていたのだが……そのピオニー様の瞳が、間違いなく自分の姿を捉え、た。
快い驚きを示すかのように、軽く瞠られた瞳。その瞳の青が、それこそ水のようにゆらめき、昏く沈む。その、今にも沫と消えそうな……それ故に人の心を浚う波のような色は、ゆっくりと瞼の裏に隠され、それがひどく勿体ないとぼんやり思う。そして自分は……その儚い風情に見惚れていたため、再び開いた瞳の色、その毅さに射抜かれた。先までの色を一瞬で払拭し、意志を灯して燦と煌めく瞳に、戦場を翔る騎士としての意識を煽られる。両極端な、けれど均衡のとれた太極図の如き弱さと強さ、そしてその切り換えの早さ。おそらく父は、この皇子のこういうところを愛おしんでいた。そう、一癖あった父を心酔させた方が、一筋縄ではいかないくらい、想像できても良さそうなものを。ああ、百聞は一見に如かずとはよく聞く言葉であるけれど……。なにに対してどうという脈絡を押しのけ、完敗の二文字が脳裡で踊る。
昔から、自分には無いものを持っている方だと、僅かに反発しながらも憧れていた、ピオニー様。そのような、惹かれる下地は確かにあった。しかし、息の仕方さえ忘れるような、この感覚は……ひょっとしたら。
一目で恋に落ちる、その感覚と酷似しているのかもしれない。
【side:P】
(フリングス将軍……?)
広間を埋める軍服の群の中に、知った姿を見つけだす。
やはり訃報は嘘だったのだ。そうだ奴は言ったのだ、お待ち申し上げております、と。待っていると言った。そしてそう言ったのは奴だ。他の者ならいざ知らず、奴が俺との約束を違えるわけがない。
ああ、懐かしい。変わってないな、優しげで、雰囲気は柔和なのに頑固なところは隠し切れていなくて。それに昔っから年齢不詳に整った顔立ちの奴だったが……変わっていないどころか、むしろ若返ってないか? 後で是が非でも揶揄ってやらなきゃなあ化け物め、と。
……………。
なんて、な。
判ってる。判っている。
あれは、俺の知ってるフリングスじゃ、ない。
あれは、おそらく奴の息子。
よく似た姿を見つめていられず、目を閉じる。
だが……そうか。フリングス、あれが、お前の言っていた、仕えるのに年回りのいい息子、なんだな。なあにが「美醜はともかく」だ、えっらい男前じゃねえか。フリングス家の遺伝子はめちゃめちゃ優性。一目で判ったぞ。お前の息子は、嫌になるくらいお前とそっくりだ。じゃあ、目の前の奴も。お前に負けず劣らず、酷い男ってわけだ。
お前は言ったな。息子が主と仰ぐに相応しい方であって欲しいと。ほんと、お前は狡い。約束の内容をおいそれとは変更できないところへさっさと逝っちまうなんざ。しかも俺の与り知らぬところで、だ。それでも多分、お前が俺を待っていてくれた、それは真実。だから約束、反故にすることもできやしねえ。
仕方ねえな。
覚悟を決めて、目を開く。
俺は、お前のとの約束通り、お前の息子が俺の足元に跪くとき、誇らしく思えるような、そんな男として立つ。
フリングス。お前はそれを、指銜えてそこらで見てろ。
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フリングス、は、陛下にとってお父さんの方だといいだなんてそんな。
【side:A】
(……あの方が、ピオニー様)
極寒の地に幽閉されていた悲劇の皇子……ピオニー様に初めてお会いしたとき、自分はその場に居並ぶ軍人のなかのひとりだった。
初めてお目にかかる方、しかも帝都グランコクマに十年ほど不在であった方であるにも関わらず、仄かな懐かしさと感慨が胸に沸き上がるのは、偏に、今は亡き父の所為。
父は、子供である自分の目にも穏やかな好人物であった。ただ、穏やかな好人物であるが故に、ある程度の付き合いがなければ判らなかったろうが、なかなか人の選り好みが厳しい人でもあった。親しく好ましい者には心からの笑顔を、それ以外の者には適切な距離を保った微笑を向けるような……端正で誠実な佇まいからは窺い難くも、ある意味狷介な人であった。
その、父が。
密かに、けれど忘れることなく気に掛けていた皇子が、あのピオニー様。
軍人としての立場があった父は、微妙な立ち位置にいる皇位継承権保持者のことを声高に語ることは慎んでいた。しかし、実の息子であるこの自分は数少ない例外だった。ピオニー様はこういう方、そしてこういうことがあったと……ピオニー様が中央から遠ざけられた憤りを微かに滲ませながら、それでも幸せそうな声音で語っていたように思う。
もの柔らかで、それでいて強固な壁を築いていた父。その父が珍しく、掛け値なしに気に入っていた人物。しかも親交があったのはその人物が十歳かそこらの子供であった頃。どうやら胸のすくような悪戯小僧でもあったピオニー様の話を聞く度に、このような兄がいたらさぞ楽しかったろうという気持ちと……我ながら認め難いことではあるが、父の関心を引いたピオニー様に対して、理不尽な嫉妬を覚えていた。
その、ピオニー様が。今、目の前に。
黄色でもなく黄金でもない、光を梳いた髪。海の底から空を仰いだような、青の瞳。黙って立てば生きた至宝だと楽しげに笑いながら、黙って立つだけではないところに真価があるのだと言外に告げていた父。その色は確かに父の言葉通りだと思う。父は、ぱっと見た目は女の子のようだとも言っていたが、かの君に少女めいた線の細さはない。上背などは自分よりもあって、むしろ自分が抱いていた兄のような印象に近い。
……ピオニー様にとって、自分はその他大勢のひとりだという、その自覚はある。だからこそ遠慮なく、その御姿を視線で追っていたのだが……そのピオニー様の瞳が、間違いなく自分の姿を捉え、た。
快い驚きを示すかのように、軽く瞠られた瞳。その瞳の青が、それこそ水のようにゆらめき、昏く沈む。その、今にも沫と消えそうな……それ故に人の心を浚う波のような色は、ゆっくりと瞼の裏に隠され、それがひどく勿体ないとぼんやり思う。そして自分は……その儚い風情に見惚れていたため、再び開いた瞳の色、その毅さに射抜かれた。先までの色を一瞬で払拭し、意志を灯して燦と煌めく瞳に、戦場を翔る騎士としての意識を煽られる。両極端な、けれど均衡のとれた太極図の如き弱さと強さ、そしてその切り換えの早さ。おそらく父は、この皇子のこういうところを愛おしんでいた。そう、一癖あった父を心酔させた方が、一筋縄ではいかないくらい、想像できても良さそうなものを。ああ、百聞は一見に如かずとはよく聞く言葉であるけれど……。なにに対してどうという脈絡を押しのけ、完敗の二文字が脳裡で踊る。
昔から、自分には無いものを持っている方だと、僅かに反発しながらも憧れていた、ピオニー様。そのような、惹かれる下地は確かにあった。しかし、息の仕方さえ忘れるような、この感覚は……ひょっとしたら。
一目で恋に落ちる、その感覚と酷似しているのかもしれない。
【side:P】
(フリングス将軍……?)
広間を埋める軍服の群の中に、知った姿を見つけだす。
やはり訃報は嘘だったのだ。そうだ奴は言ったのだ、お待ち申し上げております、と。待っていると言った。そしてそう言ったのは奴だ。他の者ならいざ知らず、奴が俺との約束を違えるわけがない。
ああ、懐かしい。変わってないな、優しげで、雰囲気は柔和なのに頑固なところは隠し切れていなくて。それに昔っから年齢不詳に整った顔立ちの奴だったが……変わっていないどころか、むしろ若返ってないか? 後で是が非でも揶揄ってやらなきゃなあ化け物め、と。
……………。
なんて、な。
判ってる。判っている。
あれは、俺の知ってるフリングスじゃ、ない。
あれは、おそらく奴の息子。
よく似た姿を見つめていられず、目を閉じる。
だが……そうか。フリングス、あれが、お前の言っていた、仕えるのに年回りのいい息子、なんだな。なあにが「美醜はともかく」だ、えっらい男前じゃねえか。フリングス家の遺伝子はめちゃめちゃ優性。一目で判ったぞ。お前の息子は、嫌になるくらいお前とそっくりだ。じゃあ、目の前の奴も。お前に負けず劣らず、酷い男ってわけだ。
お前は言ったな。息子が主と仰ぐに相応しい方であって欲しいと。ほんと、お前は狡い。約束の内容をおいそれとは変更できないところへさっさと逝っちまうなんざ。しかも俺の与り知らぬところで、だ。それでも多分、お前が俺を待っていてくれた、それは真実。だから約束、反故にすることもできやしねえ。
仕方ねえな。
覚悟を決めて、目を開く。
俺は、お前のとの約束通り、お前の息子が俺の足元に跪くとき、誇らしく思えるような、そんな男として立つ。
フリングス。お前はそれを、指銜えてそこらで見てろ。
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フリングス、は、陛下にとってお父さんの方だといいだなんてそんな。
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