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■ジェイド・ピオニー
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「……いいかげんにしてくださいませんかねえ」
扉を開けると、視界に入ってきたものは、くつろいだ風情で長椅子に寝そべり足元にブウサギを侍らせた、この国の最高権力者。いつも通りといえばいつも通り、あんまりといえばあんまりなその御姿は、死霊使いと敵味方問わず畏れられる軍人をして一瞬絶句せしめた。
「まったくどうしてあなたというひとは、」
胡散臭いニコヤカな表情を秀麗な貌に貼り付けて、マルクト軍第三師団師団長は未決済の書類を撫でる。
「何故高々判を捺すだけの仕事ができないのでしょうね」
己の目で確認しても、書類に不備は見られない。
あとは判さえあれば動けるというのに。
柔らかな声は、言外にそう告げている。そこに含まれた棘と苛立ちに、ピオニーは深く深く息をついた。
「高々、と言うがなジェイド」
気怠げに、身を起こす。
「俺は、この印璽を手にしてから、一度たりとてなおざりの判断で判を捺したことはない」
何事か言いかけたジェイドは、その言葉というより、ふわりと立ち上った王者の覇気に口を噤んだ。
「俺の臣は優秀だからな、その仕事を信頼しないわけじゃねえ。あとは俺が判子を捺すだけにきっちり仕上げてるのは知ってるさ。けどな、それと俺が判を捺すかどうかというのは別だ。印は責を負う証明、まして俺の璽は国を動かすもの。どんなに形式が整っていようが判断材料が足りなければ捺せないし、俺が納得できない案件にしても同様」
言葉を区切り、ピオニーは僅かに口角を上げる。
「ただ捺すだけなら、楽なんだがな」
そのどこか翳りのある微笑に、ジェイドは口許を引き攣らせた。
これは敵の手。そう判ってはいても、甘えとは違う倦怠を纏う幼馴染みに対して強く出られないことをジェイドは自覚している。しかもタチの悪いことに、ピオニーの言い分は決して嘘偽りではないのだ。判を捺す労力はこの際問題ではない。そこに至るまでの思考、それがこの男を賢帝たらしめている。
「……そういう道を選んだのは貴方でしょう」
ジェイドも大概名より実を取るタイプだが、仕事中か昼寝中か判断しかねるというのは流石に如何かと思いつつ。せめてもの抵抗を示せば、ピオニーは「ああそうだ」と軽く受け流し、
「まあでも、一回くらいは軽うい気持ちで捺してみたいと思わんでもない」
そう、尊大を魅力に擦り換えた声で、ゆったりと言葉を操る。
一拍おいて、すうと細められた、猛禽の眼。
「動くな、カーティス大佐。勅命だ」
数刻後、御璽の印影を、朱も鮮やかにくっきりと額に捺された死霊使いが、もぎ取った文書を片手に、何か一本線の切れた爽やかな微笑みを浮かべつつ、音素を使わずフリジットコフィンを発動させていたという目撃談が軍本部でマコトシヤカに囁かれたとか。
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あなたへとどく20のことば:10 いいかげんにしたら
「……いいかげんにしてくださいませんかねえ」
扉を開けると、視界に入ってきたものは、くつろいだ風情で長椅子に寝そべり足元にブウサギを侍らせた、この国の最高権力者。いつも通りといえばいつも通り、あんまりといえばあんまりなその御姿は、死霊使いと敵味方問わず畏れられる軍人をして一瞬絶句せしめた。
「まったくどうしてあなたというひとは、」
胡散臭いニコヤカな表情を秀麗な貌に貼り付けて、マルクト軍第三師団師団長は未決済の書類を撫でる。
「何故高々判を捺すだけの仕事ができないのでしょうね」
己の目で確認しても、書類に不備は見られない。
あとは判さえあれば動けるというのに。
柔らかな声は、言外にそう告げている。そこに含まれた棘と苛立ちに、ピオニーは深く深く息をついた。
「高々、と言うがなジェイド」
気怠げに、身を起こす。
「俺は、この印璽を手にしてから、一度たりとてなおざりの判断で判を捺したことはない」
何事か言いかけたジェイドは、その言葉というより、ふわりと立ち上った王者の覇気に口を噤んだ。
「俺の臣は優秀だからな、その仕事を信頼しないわけじゃねえ。あとは俺が判子を捺すだけにきっちり仕上げてるのは知ってるさ。けどな、それと俺が判を捺すかどうかというのは別だ。印は責を負う証明、まして俺の璽は国を動かすもの。どんなに形式が整っていようが判断材料が足りなければ捺せないし、俺が納得できない案件にしても同様」
言葉を区切り、ピオニーは僅かに口角を上げる。
「ただ捺すだけなら、楽なんだがな」
そのどこか翳りのある微笑に、ジェイドは口許を引き攣らせた。
これは敵の手。そう判ってはいても、甘えとは違う倦怠を纏う幼馴染みに対して強く出られないことをジェイドは自覚している。しかもタチの悪いことに、ピオニーの言い分は決して嘘偽りではないのだ。判を捺す労力はこの際問題ではない。そこに至るまでの思考、それがこの男を賢帝たらしめている。
「……そういう道を選んだのは貴方でしょう」
ジェイドも大概名より実を取るタイプだが、仕事中か昼寝中か判断しかねるというのは流石に如何かと思いつつ。せめてもの抵抗を示せば、ピオニーは「ああそうだ」と軽く受け流し、
「まあでも、一回くらいは軽うい気持ちで捺してみたいと思わんでもない」
そう、尊大を魅力に擦り換えた声で、ゆったりと言葉を操る。
一拍おいて、すうと細められた、猛禽の眼。
「動くな、カーティス大佐。勅命だ」
数刻後、御璽の印影を、朱も鮮やかにくっきりと額に捺された死霊使いが、もぎ取った文書を片手に、何か一本線の切れた爽やかな微笑みを浮かべつつ、音素を使わずフリジットコフィンを発動させていたという目撃談が軍本部でマコトシヤカに囁かれたとか。
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あなたへとどく20のことば:10 いいかげんにしたら
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