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CAST:サフィール・ピオニー
ピオニー、投獄された幼馴染みに会いに行く の巻

この手は取らない

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 それは、一瞬のことだった。
 言葉を連ねるには足りぬ一瞬。
 けれど、切り捨てられたのは己の方だと思い知るには充分な、一瞬。



 マルクト兵に護送、いや、押送されながらマルクト軍本部内を移動する。
 こうなることは、まあ、判らなくはなかった。しかしそれでも、あの鬼畜眼鏡を追いかけずにはいられなかった。
 ロニール雪山、その奥津城たる洞で。光の向こう側から姿を現した、ネビリム先生。
 先生、先生、先生。
 ジェイドが譜術で編み上げた、先生。
 失敗とはいえ、あれはジェイドの作品だった。手を加えれば、或いは。そう思っていた。……ジェイドが始末した今となっては、それも泡沫の夢だが。
 けれどいまだに夢を見る。可能性に思いを馳せる。
 マルクト軍に在籍していた身でありながら、ダアトへと亡命し。ヴァンに荷担して、世界の破滅を呼び込んだ。過去を取り戻せるのなら世界がどうなろうと知ったことではないが、その戦犯が赦されるわけがない。それでも……何か……何か手はないか、と。
 尤も、今は逃げる気力もない。脱獄する意義もない。 
 先生を、取り戻す術を。何か、思いつくまでは。
 ……それまで己の命があるかどうかも怪しい話だが。
 卵が先か鶏が先か、ではなく。鶏は卵を産まず、卵は孵ることのない、不毛な思考を玩ぶ。
 それは習い性でもあるが、先程から嫌な予感がしてならない、からでもある。
 裁決を待たず、一旦、牢から出されたこと。しかし通された一室は軍基地内であること。誰かに面会させられるのだと思うが、牢の格子越しでは差し障りのある相手など、そしてそういうことを言いだしそうな相手など……相手など……。
「よう、久しぶり」
「……ピ、オニー……」
 護衛の兵士を言いくるめて外に待たせ、気軽な調子で現れたのは、身分を問えば有り得ない、性格で言うなら嫌な予感の通り……案の定。マルクトの最高権力者にして、雪の街で机を並べた幼馴染み。
「どうして、此処に」
「どうしてもなにも。お前が此処にいるからに決まっているだろ」
 そうではなくて。此処は、牢の外とはいえ、一国の皇帝が訪れるような……訪れていいような場所ではない。まったく、ジェイドは何をやっているのか。
 そして、その手には椅子が二脚。これに……座れと?
「ま、強いて言えば。ネビリム先生の件を聞いたから、かな」
 マルクトの皇帝は、一脚を私の前に置き、もう一脚の椅子の椅子……その背凭れを抱えるようにしてどっかりと座り込んだ。
 まあ座れとの言葉にひとつ肩を竦めれば、それ以上薦めることもなく、目の前の男は本題を切り出した。
「お前はさ。一体何処に行きたいんだ?」
「……それこそ何処もなにもですよ」
 訊くまでもなく貴方は知っているでしょうに。そういうニュアンスを含ませれば、幼馴染みは困ったように眉を寄せた。
「それなんだが。俺にはよく判らないんだよな」
 ゆっくりとした、まばたき。
「ネビリム先生のレプリカを造る、か」
 判らないと言う。けれど理解と確信を滲ませながら、ぽつりと落とされた声。
 声高ではない、けれど雪の上に落ちた一滴の鮮血のように、印象的な、声。
「ひとつ聞いてみたかったんだが。完璧なネビリム先生っちゃあ、どの状態を言うんだ?」
 それこそ愚問。
 ネビリム先生……ネビリム先生は私たちのネビリム先生に他ならない。
「そのレプリカは、ネビリム先生の姿形で、亡くなる間際までの記憶があったとして、それでお前はどうしたいんだ?」
 糾弾でもなく、断罪でもなく、ただただ疑問を投げかける声音。
「お前も、そしてジェイドも。当時のままではないよな。純粋な知識や技術だけなら、先生より今のお前の方が上だ。その先生のレプリカと新しい関係を築くことはできるだろうが、黄金色の夢の続きを見ることは出来ない。お前の渇きは癒されない」
「…………」
「さて、そしたらお前はどうする。十歳前後のお前とジェイドのレプリカでも造るか。だがな、そのレプリカが完璧であればあるほど、そこで『今のお前』は部外者だぞ。お前は餓えるばかりだ。先生と、小さなお前とジェイド。その箱庭を手にして、お前は正気を保てるか。……お前、レムの塔でレプリカたちを手に掛けたんだってな?」
「……黙りなさい」
 ああそうだ。ジェイドが私に夢のような理想を見せるのに対して、この男が突きつけるのはいつだって、容赦のない現実。
「お前にとってレプリカは代替品。気に入らなければ壊せばいい。だが、それを繰り返しても、お前が満たされることはないだろう。お前の気持ちを埋めるように改竄された先生は、先生のレプリカとも言えない。その、誰ともつかない人形で満足できるなら……」
「黙れッ」
 パン、という乾いた音があたりに響く。
 ……今。私は、何を。
 じんと痺れる掌、目の前の男の頬に浮かぶ朱。
 一瞬押し寄せた動揺と後悔は、私の平手などものの数とも思わない……実際、この男は目を閉ざしもしなかった……その揺るがない瞳の色に、すうっと醒める。
「お前が先生のレプリカを造りたいと思う、その理由は。ジェイドが先生のレプリカを造りたいと思った、その理由とは根本的に違うんだよ」
 私の振るった暴力など、無かったもののよう。
「そして当人のひとり、ジェイドはそれを知っていて、その上で放置した」
 私は、まんまと、この男の挑発に乗ってしまったのだ。
「お前は。加害者であると同時に、被害者だ」
 結論のような口調でそう言うと、椅子の背凭れの上で手を組んだ。行儀がいいとは言えない仕草は、ケテルブルグ時代のこの男そのものだ。
 そして何事か思い出すように、視線を宙に彷徨わせ、
「なあサフィール。昔は楽しかったよな。先生がいて、ジェイドとお前がいて、ネフリーがいて。今の俺にとっても、甘い夢のような記憶だ」
 そう、幾分感傷を含んだ声で話を変える。
「でもな?」
 凍てついた冬の星、その煌めきよりもなお輝いて見えた瞳も、記憶のまま。
「お前がきちんと見てないだけで、今だって結構、楽しいんだぞ」
 ああ、この男は。変わらぬ瞳で変わらぬ声音で、そんな……残酷なことを言う。
「トクナガを造ったの、お前なんだってな。昔は昔はとお前は言うが、俺が話を聞く限り、アニスとの馴れ初めは、とても昔のお前らしいよ。律儀で、俺とはまたタイプの違うお調子者で、口ではなんのかんのと言いながら面倒見の良いところがさ」
 くくっと楽しげに喉の奥で笑い、
「で、だ。お前は何処に行きたいんだ?」
 昔を愛おしむ余韻を引き擦りながら詠うような軽やかさで現実へと立ち返る。
「お前の技術は、凄いんだが如何せんデコラティヴに過ぎて、実用向きじゃあねえんだよ。物騒に歪んだ兵器なんかより、技術の限りを尽くして、子供が大喜びするようなオモチャを造る。そっちの方が向いているし、お前だって楽しいはずだ」
 ぱちりと、狙い澄まして合わされた視線。
「俺なら、お前の居場所を用意できるぞ」
 膝を屈しないでいるだけで、精一杯。
「……どうですかね。むしろ、貴方は私を裁かなくてはならないでしょうに」
 絞り出すように、それだけ言う。
 そうだ。マルクトの主であるこの男は。立場的にも、問題を重ねた私を罰せねばならない。
 それなのに。
「お前さ。俺が何のために此処にいると思っているんだ?」
 そんなことをあっさりと、本当になんでもないことのように言う。
 そしてそれは、決して大風呂敷ではない。それだけが理由ではないにしろ……冗談のようだが、嘘でもない。
 この馬鹿な男は、ネフリーと二人、幸せになる道も選べた。本当に馬鹿な男。腕一本で身の回りの者を守る、その力がないわけではないのに、守る手だてとして国の礎となる道を選ぶなど。そして……この私も間違いなく、その……庇護の対象。
 敵わない……敵わない。ジェイドとは違う意味で、この男に勝てたと思った例しがない。
「貴方に首輪をつけられるなんて真っ平ですよ。調教するなら、相手を選ぶことですね!」
 苛立ちのままに吐き捨てれば、
「調教?」
 と、心底不思議そうな顔。
「調教以外のなにものでもないでしょう。右に左に揺さぶりを掛けてその後優しく撫でるのは常套手段でしょうが……っ」
「あのなあ。俺にそのつもりはないぞ?」
 私の言葉を遮りながら、溜息混じりに呆れた声。
「どうですかね!」
 どうして。この男との会話はいつも、こうなってしまうのだろう。
 内心の忸怩たる思いを表に出さぬよう葛藤する私を後目に、ぽりぽりと頬を掻く仕草も癪に障る。そんな、どこかとぼけた脳天気な様子ながら……それでも私の反応に何か思うところはあったのか。仕方ねえなとでも言うように大きくひとつ息を吐き、軽く目を閉じた。
 そうして、一拍ののち。ゆるゆる開いた、瞳の色に息を呑む。
 今までの気安さなど跡形もない、冷徹な色。
 見たこともない瞳の色。
 いや、似たような色なら見たことがある。
 たとえば、オリジナルのイオン。あるいは、ヴァン。
 世界を敵に回して傲然と嗤う、秋霜の色。
 まさか、とも。
 やはり、とも思う。
 光の君と。そう讃えられる声を聞きながら、この男にはこういう顔が似合うのではないかと思っていた、その通りの……凄惨な影を纏う表情。
 だらしのない姿勢はそのまま。けれどそれは、爪と牙を隠した猫科の獣のもの。
 その手が、大儀そうに、私に向けて伸ばされる。
 友に向けるものではない。
 服従を強要する……いや、服従を指し許す、支配者の仕草。
「……サフィール」
 背筋をなぞるような、囁き。
 恍惚を引きずり出す、響き。
 魅了される。
 何も考えずこの闇に身を委ね、唯々諾々と足下に跪き、その爪先に額づけば、どれほどの安堵が得られるだろう。
 目の前の手は、間違いなく男の手。骨張った指。けれどなんて綺麗な。
 手に手が重なる、その瞬間。
「な? 言葉を尽くした調教なんて、する必要ないだろ」
 投げ遣りな嘲笑に横っ面をはたかれ、我に返る。
「サシで向かい合った相手くらい、視線ひとつで捻じ伏せる程度のことができずに、玉座で権力を揮い続けるなんざ無理な話なんだよ」
「……剥げましたね、化けの皮が」
 忌々しい。無理矢理手を取らせることもできる……それを見せつけておきながら、そうはしない。
 手を取るなら、それはあくまでお前の意志だと、そう言っているのだ。
 掌の上で玩ばれる、その感覚に奥歯を噛みしめて睨め付ければ、
「可愛いなあ、サフィールは」
 目の前の化け物は、とろりと仄暗く退廃的な……、それでいて傲慢きわまりない笑みを浮かべた。
「これが俺の本性だと、どうして判る? 偽善も善という言葉もあるが、お前の言う化けの皮が通常装備なら、それはもうほとんど本性と言えるんじゃないか?」
 有無を言わさず人を惹き付ける、磁気を帯びた表情、仕草。
 軽やかなのにねっとりと絡みつく声は、まるで蜘蛛の巣。
「この俺はお前が『そうあって欲しい』俺なんだよ」
 ジェイドやネフリーが、知らず知らずのうちに誑かされたのも無理はないと思わせる、昏い魅力。
 それに酔いそうになる己を叱咤しながら、頭の隅で考える。今、この幼馴染みが演じているのは、人を容易く従わせる絶対的な支配者。そう、演じているのだと……それは、判る。けれど一体、その何処までが演技なのだろう。あまりに自然な振る舞いは、継ぎ目のひとつも見あたらない。
「ま、そんなこたどうでもいい。話を元に戻そう」
 改めてゆうるりと伸ばされた、手。
 ああ、ああ。本当はとうに判っていたのだ。
 自分のために差し出されたこの手を取りさえすれば、楽になれるということは。
 しかし、この男にとって、私が手を取る、或いは取らないなど、それこそどうでもいいことなのだ。私が己の意志で歩き出す、それさえ見届けられれば、好かれようが嫌われようが構わない……いつも人の輪の中心にいるくせに、この男はいつだって自分を勘定にいれない……そんな、損得から懸け離れた立ち位置に酷く苛立つ。友達だの幼馴染みだとの言いながら、独りきり、どこか遠いところから皆を見守っているかのような……確かに、昔からそのような傾向はあったように思う。けれどここまで酷くはなかったはず。あの鬼畜眼鏡、ここで一体何をしていたのだ。ああ、怒りのあまり、考え事もままならない。おそらく、それすらこの男の手。考える余裕もない状態で望むもの、それを引き擦り出すための。そしてその思惑通り、眩暈にも似た混乱のなかで、明確な意志はただひとつ。
「さあ、お前は一体、何処に行きたいんだ?」
 私は、ただ、昔を取り戻したいだけなのだ。それは……認めたくはないが、この男も含めて。
 抗い難い声に、唇を噛んで耐える。

 私の至らなさが、この男に手を伸ばさせるなら。それでこの幼馴染みを、これ以上どこか遠くに行かせずにすむのなら……ここに繋ぎ止められるなら。

 ならば、私は。
 この手だけは絶対に取らない。


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【あとがき】
ディストは(本人の希望とはおそらく裏腹に)コミカルな奴で、キャラクタとしてかなり好きです。これで、アビス本編でジェイドの立ち位置にいたなら……過去と鬱屈を抱えながらも二心なく皇帝に仕えるようなキャラクタだったら、真っ先に裏切りそうでいてその実最後まで誰よりも忠実な、そんなキャラクタだったら、ひょっとしたら陛下ではなくディストに行っていたかもしれないと思うくらいに好きです。
まあでもそういうことにはなりませんでしたし、私の描く話の登場人物は悉く陛下寄りなので、ひとりくらい手を取らないことに拘った人がいてもいいかなあと思ったのでした。
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