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アスラン・ピオニー
※『一日千秋』を先にお読み下さい

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 空の海に雲の舟。鳥は魚で風は波。
 はしきやし、のたりのたりの午睡かな。
 よはなべてこともなし。
 ……なあんて、な。

 夢現に、さくりさくりと下草を踏む音を聞く。一定のリズムで刻まれるそれは、訓練された軍人のもの。害意がないことを示す位置で停まったところからすると、それは、俺のよく知る……
(…下?)
「陛下?」
 降ってきたのは、耳触りのよい柔らかな声。
 草の上に寝っ転がったまま視線を動かせば、夢の続きのように浮かんで見える青の軍服。
「フリングス将軍……」
 ああ、霞が掛かっているのは、視界ではなく思考。
「……? はい」
 いつもとは違う、けれど間違ってはいない呼称に僅かに首を傾げ、それでも静かに微笑むそいつは、記憶の中の面影に酷似していて。
「ああ……いや」
 半身を起こし、ゆっくりと近づいてきて傍らへと控えた相手を振り仰ぐ。
「お前は俺を見つけるのが上手い、と思ってな」
 この、見上げる視点というのも懐かしい。
 昔は随分大きく感じたものだが、こうしてみると奴も案外小柄だったのだろう。
 そう。今にして思えば、小柄で童顔で、その容姿にしては些か低めの、いい声をしていた。
(殿下はまるで猫のように心地よい場所を御存知ですし、それに)
「自分が息を抜きにくるならば此処がいいと思うような場所を当たっているだけです、陛下」
 多分『自分が息を抜きにくるならば』の前には、『幼い日の』という言葉が付く。それを飲み込むあたり、こいつら親子だよなあと思う。
「なあ、もう少しだけ」
 そう甘えてみれば。少し目を細めてから、すっと背筋を伸ばして視線を遠くに飛ばす。まるで、大気の中の第三音素、その源を見つけたかのように。
「確かに此処は、風通しがよくて気持ちいいですね」
 逆光に縁取られた白銀の髪。金属に喩えるほど硬質ではなく、綿毛と表現するほど植物的でもない。実際目にしたわけではないが、お伽噺に登場するユニセロスの鬣とはこのようなものではないかと、そう想像したこともあった。その髪がさらさらと風に遊ぶさまは目にも楽しい。
「ですが、そろそろ腰を上げていただかなくては」
 視線を合わせて、にこりと微笑む。
 まったく、どうして、こいつらは。
 綺麗な顔で、穏やかな物腰で。受けて流して、俺を相手に一歩も退かない。
 小癪なような、愉快なような。
「皆さん、陛下をお持ちしておりますよ」
(ご帰還、お待ち申し上げております)
「……ああ……」
 気性も姿形も似ている親子だ。それを俺は、喜ばしく思う。俺の知る将軍、彼の麗質が顕れた子供。そうやって受け継がれていくものを護ることができるなら、玉座に在り続けるのも悪くはないと思う。
「そう、そうだな」
 けれど、混同してはいけない。こいつはこいつで、あいつではない。
 ああ、度し難い。人の夢、人の心とは己のものでさえままならないものだ。付き合いの長さで言うのなら、既に、目の前のこいつとの方が長いっていうのにな。
 きらきらと光る思い出の破片……とめどなく溢れる既視感を強引に捻じ伏せて、俯く代わりに片手を伸ばす。なあフリングス。立ち上がるためにこうやってお前の息子の手を借りるのは、ひょっとしたら狡いのかもしれないな。まあそれは、俺が勝手に後ろめたいだけで、お前は笑って何も言わんのだろうが。
 控えめに差し出された手は温かく、いやに切ない。
 感傷を気取られぬよう、しっかり掴んで、駄々を捏ねるように目一杯体重を掛けて。それで揺るぎもしないあたりは流石軍人。頼もしいが、可愛げはない。それが妙に可笑しい。……それで、遣る瀬のない胸の疼きが消えるわけではないが、そもそも俺は奴のことを忘れたいわけではない。結局のところ、酔狂なのだろう。硝子の欠片を散りばめた道を踏みしめて往く痛みというのも、或いは、そんな俺に相応しいのかもしれない。
 ひとつ伸びをして、振り返る。
 海の底をたゆたうような夢の残滓は心に沈め。
 彼らの忠義に足る主らしい笑みを浮かべて。

「いこうか、アスラン」


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あなたへとどく20のことば:11 それでもあしたはくるの
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